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つれづれなるままに引き出しを開けると、自分でも忘れていたものを思い出したり… ぴったりの処方箋が見つかったり…
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薬櫃、薬棚・・・小さい引き出しがずらっと並んでいる、時折アンティーク家具として見かける箪笥のようなものです。引き出しが沢山あるだけで、なんだかワクワクします。自分でも何を入れたのか、何が入ってるのかすっかり忘れています。そんな引き出しを一つ一つ開けていくように、自分の好きなものについてとりとめもなく記していこうかなと考えています。夢中になっているものはその時々で移り変わっていきますが、かつて好きだったものは嫌いにはならないものです。ふとした時に思い出して、たまらなく懐かしくなる、そんな時間を楽しむ自分のための備忘録のようなものかもしれません。


大学時代にある講義でヴァージニア・ウルフ(Woolf Virginia 1882‐1941)の「ダロウェイ夫人」という小説を読みました。その当時は、次から次へコロコロと移り変わってゆく主人公の心(いわゆる”意識の流れ”)が、あまりにも突拍子なく、まとまりなく感じられ、「何これ、こんな風に意識があっちこっち飛ぶなんて、ないわぁ…」とか思っていましたが、ふと気がついたら、今の私の思考回路というか、意識の流れのとりとめのなさといったらまさにこの状態ではありませんか!ちょっと驚愕しました。


私にとっての引き出しの中の宝物は、ある時は現実逃避の手段であり、ある時は癒しであり、ある時は刺激であり、そしてそれらは自分だけの秘密にしておきたいものなのですが、その一方で時には誰かと共有して、共感してもらいたい、理解してもらいたいものでもあるのです。ですから、もしここの記事を読んで、興味を持ったり、思い出したり、共感したり、何かを感じていただければ、それはまたとても嬉しいことでもあります。


というわけで、ダロウェイ夫人も真っ青の思考と妄想の暴走のまま、気の向くままにまいりますが、よろしければお付き合い下さいませ。


 

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眠れぬ夜に、宝物を取り出し、思考は万里を駆け巡る・・・

きっかけは本だったり、会話だったり、映画だったり様々ですが、ある言葉にとても心を惹かれることがあります。それが難解な、聞いたこともないようなものであればあるほど、気になっていろいろ調べてみたりします。調べてゆくうちにそこからまた世界がどんどん広がって、収拾がつかなくなり、時には眠れない夜を過ごすこともありますが、それが実は密かな楽しみの一つであるのです。
一通りは理解するのですが、しばらく経ってその意味をちゃんと説明できるかと言えば、それがまた難しく、いかに感覚的に理解している気になっているだけかがわかります。
思い立って、一度書き出してみることにしました。並べてみて、自分で可笑しくなってきました。
ほとんどが出来事の象徴や比喩の言葉です。物理や数学の定理もあります。哲学や宗教の用語もあります。そういえば昔からこういう難解な言葉に惹かれました。そう、いわゆる中二病を発症する年頃からです。それがずっと今でも続いているのです。
しかし、これらの言葉、時には創作の題材(ネタ)として、無限の可能性を秘めている秘密の言葉であることは疑いようもありません。まさに珠玉。そっと取り出しては独りニヤニヤ眺めている・・・私の宝物です。いつかはこれらをちゃんと説明できたり、生活に役立てる(?)時ががくるのでしょうか。いつか誰かとこれらの言葉について、てらいなく、熱く語れる機会はあるのでしょうか。

以下メモ

フェルミのパラドックス    オッカムのカミソリ    カルネアデスの板
ソロモンの指輪    メビウスの輪    シュレディンガーの猫    ロシュの限界
ロンギヌスの槍    パンドラの箱    ゼノンの矢    ルビンの壺
モホロビチッチの不連続面    ゴルディオンの結び目    マリーの部屋
アポロニウスの円    コンコルドの誤り    ハノイの塔    ミダスの手
リーヴィッヒの最小律    ケーニヒスベルグの橋    アリアドネの糸
オールトの雲    ガフの部屋    ヤコブの梯子    フーコーの振り子
カニッツァの三角形    パスカルの三角形    プロクルステスの寝台
パウリの排他律    カッシーニの間隙    クラインの壺    
ヘンペルのカラス    エラストテネスのふるい    ミネルヴァの梟
テセウスの船    ギュゲスの指輪    ディラックの海    バーナム効果
カルテジアン劇場   アラゴの円盤    ウジャトの目    ノイラートの船
ワルプルギスの夜    バリマックス回転    機械仕掛けの神
エウリュアロスの車輪    カルマン渦    ゴールドバッハの予想
トムソンのランプ    シュバルツシルト半径    無限の猿定理
小文字の他者    ラプラスの悪魔    中国語の部屋    不気味の谷
無知のヴェール    無知の知    ゲシュタルト崩壊    バルキスの定理
フギン(思考)とムニン(記憶)    アシモフのロボット三原則
ファティマのダムゲートコントロール    ヘラクレイトスの川
おじいさんの古い斧    砂山のパラドックス    ろばのパラドックス 
ルング・ワンダルング    梵天の塔    フェルマーの最終定理  


・・・今ざっと思いつくものだけ。これを書き出しながらまたゾクゾク、ワクワクしてきました(笑)。また思いついたら都度追加するかもしれません。 
眠れぬ夜もまた楽し。






      


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今年の紅葉の季節もそろそろ終わりを迎えます。
紅葉の名所は数々ありますが、京都東山にある永観堂は「紅葉の永観堂」として広く知られ、ポスターになったり、ランキングに載ったり、おすすめスポットとして必ず紹介されています。
今年も永観堂を訪れる機会がありました。
永観堂は正式には、浄土宗西山禅林寺派の総本山、無量寿院禅林寺ですが、第七世律師永観にちなみ、「永観堂」と通称されています。京都市地下鉄東西線の蹴上駅を出て、南禅寺の山門を見上げながら広大な敷地を北へ通り抜け、東山に沿って鹿ケ谷通りを歩いてゆくと、右手に総門が見えてきます。
この日は日没後の夜間拝観に行ったので、一旦門が閉められ、再び開門するまで30分ほど並びました。ふと見ると、後ろにはあっという間に長蛇の列ができており、観光バスがどんどん到着してきます。外国人観光客もいっぱいです。冬の短い日はもうとっぷりと暮れており、あたりは暗かったのですが、しばらくすると順々に照明がつき始め、鮮やかな紅葉が照らし出され、あちこちで歓声が上がりました。ようやく列が前へと進み、門を入ることができました。
すでに木々の葉は茶色く枯れ始めていますが、ライトに照らされると、まだまだ色鮮やかです。放生池の周りは特に美しく、その辺りから多宝塔を見上げると、東山を借景として、まさにポスターで見たことのあるアングルを楽しめるのですが、なんせそこら中で写真撮影が行われ、ゆっくりすることもままなりません。順路を示す矢印も、外国人観光客の目には全くとまらないようで、反対回りの人の波がぶつかって、ごった返しています。
なんとか池の周りを一周し、夜にも公開されている阿弥陀堂の方へと向かいます。この阿弥陀堂には私の大好きな仏像の一つである「見返り阿弥陀像」がご本尊として置かれています。この見返り阿弥陀像は、平安後期~鎌倉初期の、京都の仏師による作と伝えられていますが、作者は不明です。像高も77センチと、それほど大きくはありませんが、適度な装飾とそして何よりなんとも優雅な立ち姿が他にはみられない特徴です。
有名な伝説があり、「永観がお堂の中を一人で一心不乱に念仏行道していると、突然須弥壇に安置されていた阿弥陀像が下りて、永観を先導し、行道を始められた。気づいた永観は驚き、茫然と立ち尽くし、あまりのありがたさに涙があふれ、動けないでいると、阿弥陀は左肩越しに振り向き、「永観、おそし」と声をかけられた。」この阿弥陀像はその姿だということです。
とても心に残る、素敵なお話で、私は毎度このお話を思いながら見返り阿弥陀像を拝見するのですが、その時に同時に思い出す話があります。
それが、アナトール・フランスの「聖母の曲芸師」です。(前回紹介した「世界の文豪シリーズ」にも入っています) バルナベという曲芸師が、自分は他の修道士たちのように聖書も知らず、祈ったり仕事したりすることはできないと悲しんでいたが、唯一自分に曲芸ができることに気づき、毎日そっと曲芸を教会の聖母像の前で一人一生懸命披露している。そのことを知った修道士たちが「不謹慎だ、不遜だ、下品だ」とやめさせようとしたまさにその時、聖母像が動いて壇から下り、そっとバルナベの額の汗を拭われた、という話です。
見返り阿弥陀と聖母のお話、共通点があるように思われませんか。この二つの話を思い出すと、決して信心深くはない私でも、ふと涙が出そうになるのです。

永観堂には、もう一つお気に入りがあります。それが知る人ぞ知る水琴窟です。御影堂裏の阿弥陀堂と臥龍廊に別れる回廊の山裾にあります。
ゆっくり阿弥陀像や水琴窟を楽しもうと思うと、やはり紅葉の時期は外して訪れるほうが良いのかもしれません。



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ひょんなことから、突然に思い出すものがあります。
世界の文豪童話シリーズ(研秀出版)全15巻もその一つで、確か小学生の頃から家の本棚にあり、好きで何度も読み返したものですが、その存在をもうずっと忘れていました。
ある時、ネット上で脳科学者の茂木さんが「エメリアンと太鼓」という童話の話をされていました。ふと、「あ、この話知ってる、確かあの本だ」と思い出し、探してみたのですが見つかりません。もしかしたら引っ越しの際に処分してしまったのかもしれない、でもシリーズで揃っていたあんな綺麗な本、何より子供の頃の思い出がいっぱいの本を処分するだろうか、そう思ってめぼしいところは全部探したのですが、結局見つからず、ひどくがっかりしました。
無いとなると、急に惜しくなるもので、記憶を頼りにネットで古本を探してみました。すると、見つかったことは見つかったのですが、もちろんシリーズ全集というわけにもいかず、バラバラで、本の状態も良くなく、しかも値段が一冊あたり2000円を越えていました。
このシリーズは世界のいわゆる文豪と呼ばれる作者の小説を、子供向けに短く、わかりやすく童話に編集したもので、絵本ではないのですが、挿絵も多く、それがまた美しく印象強いものでした。
あの綺麗なハードカバーの全集はもう二度と手元に戻ってくることはない、と落胆し、諦めて忘れかけていた時、それはなんと偶然にも意外な場所で見つけることができたのでした!
もう、嬉しいやら、懐かしいやら。「そうだよね、こんな良い本、捨てるはずないよね!」などと一人で狂喜乱舞しつつ、さっそく開いてみました。
長い間仕舞われていた本の匂い…そして、目に飛び込んできたのは色鮮やかな、覚えのある挿絵!
このシリーズはなんとあの川端康成が監修しているのです。「監修者のことば」の中に、「世界古今の大文学者が子供のために書いた作品は多く、またおとなのための作品で子供の読み物になるものは少なくない。(中略)尚、まったく新しい試みとして、各巻、子供向きのやさしい書き換えと共に原作の完訳を加えた。」とあります。この本の特徴として、子供向けの話と、大人向けの原作の両方が載っているという画期的なことがあります。また、作者の詳しい紹介や、「こんなところに焦点を」「おおいに話し合って」などという「読書のポイント」が各物語の終わりに記されています。
なんという教科書的配慮!そしてなんという充実内容!

あまりに素晴らしいコンテンツなので、以下に各巻の紹介をしておきます。

第一巻  まほうつかいのでし (原作:魔法使いの弟子)
      ネズミがり  (ネズミ狩る男) 
      あるくかね  (歩く鐘) 
      イエスさまとサクランボ  (伝説)             以上ゲーテ
      アカシャコ  (アカシャコのおののき)
      コルニーユじいさんのひみつ (コルニーユ親方の秘密)  
      金ののうみそ  (金の脳みそを持った男)        以上ドーテ
      海におちたピアノ (海に落ちたピアノ)          ストリンドベリ


第二巻  ばかのイワヌシカ  (タカのうた)             ゴーリキー
       バラとそよかぜ   (花が話し合ったこと)        G・サンド
       ヒツジかいのふしぎなゆめ(小さな羊飼いの幸せな夢)   
       白いオオカミ   (白いオオカミ)           以上ベヒシュタイン

第三巻  わがままな大男  (わがままな大男)          ワイルド
       わんぱく犬ビリー (ビリー)                シートン
       七色の花     (七色の花)               カターエフ

第四巻  あくまとパンきれのしかえし (小悪魔がパンきれの償いをした話)
       エメリヤンとからだいこ (エメリヤンと空太鼓)     以上トルストイ
       動物ものがたり     (ルター寓話集)         ルター
       ふしぎなふえの音    (三つの贈り物)         カプアーナ 
 
第五巻  金のニワトリ  (金のニワトリの物語)          プーシキン
       三つのものがたり (ラ・フォンテーヌ)         ラ・フォンテーヌ
       ふえふきクヌート (笛吹きクヌート)           トベリウス 

第六巻  まほうの魚のほね  (ピアブロサムのカラス)     ディケンズ 
       こじきになったとの様 (驕人アゲイの話)       ガルシン
       ゼークリンゲンのとこやのでし(ゼークリンゲンの床屋の見習い)  
       どろぼう名人  (泥棒名人)               以上ヘーベル
 
第七巻  クマの子ハンス  (小さなヘーベルマン)       シュトルム
       リスのぼうけん  (満足しないリス)          ハドスン
       だれにもいわない (夢のお告げ)           アファナシエフ

第八巻  おでこの白い犬  (おでこの白い犬)         チェーホフ
       つぼにはいったおひめさま (壺に入った姫)     キプリング
       ミルテひめ  (ミルテ姫の物語)            ブレンターノ

第九巻  なんでも金にする力  (触るものを金にする力)    ホーソン
       ギターひきのケリブ  (アシク・ケリブ)         レールモントフ
       まほうのゆびわ   (魔法の指輪)            レアンダー

第十巻  赤いしゅうちょうの身のしろ金 (赤い酋長の身代金)   O・ヘンリー
       コウノトリになった王様  (コウノトリになった王様)   ハウフ
       母うずら     (母ウズラ)                ツルゲーネフ

第十一巻 エスキモー少年のひみつ  (エスキモー少年の秘密)
       サンフランシスコ湾のぼうけん(サンフランシスコ湾の冒険) ロンドン
       ルビーのなかのおひめさま (ルビー)            ヘッベル
       きょくげいしバルナベ  (聖母の曲芸師)         A・フランス

第十二巻 まほうの店  (魔法の店)                 ウェルズ
       大うずまき  (大渦巻きへの下降)           ポー
       イエス様の庭に行った少年 (召された少年)     ドストエフスキー 

第十三巻 ネコのおしろ   (ネコのお城)             デ・ラ・メア
       とぶ島への航海  (飛ぶ島への航海)         スウィフト
       アフリカのさばくで (アフリカの砂漠で)        スウェンソン

第十四巻 ウサギ王子   (ウサギ王子)                ミルン 
       やくそくを守ったインディアン(約束を守ったインディアン) オルコット
       子馬   (子馬)                       ショーロホフ

第十五巻 ブタかいの王子  (ブタ飼いの王子)         バーネット
       木馬      (木馬)                  フィリップ 
       勇ましいりゅうき兵 (勇敢な竜騎兵)         アーヴィング
       あたたかいパン  (あたたかいパン)        パウストフスキー


どの物語も、読むと子供の頃初めて読んだ時の気持ちが鮮やかに蘇ってきます。子供時代、大好きだった本はまるでそれ自体がタイムマシンのようです。


 
   



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カプリ島を後にして、船は一路ソレントへ。「帰れソレントへ」のソレントです。歌詞に、”オレンジの香り ほのかに漂い 森の緑にも 風は囁く” とありましたが(高校の時、音楽の時間に習いました)以前ここを訪れた時に、本当にオレンジの香りならぬレモンの香りが漂ってきて、驚いたことを思い出しました。周りを見渡すと、道の並木がレモンの木でした。町の家々の庭にも、必ずと言っていいほどレモンの木があり、日本で見るものよりも一回り大きいレモンがたわわになっています。オレンジや金柑のようなものも多いです。
ソレントの町は、典型的な地中海式の、ベージュ色の壁に赤い瓦屋根の家がゆるやかな坂道に続き、後ろを振り返ると木々の間から青い海が見えたりして、のんびり、小ぢんまりとしたとても良い雰囲気で、ちょっと住んでみたいと思わせるような町です。木々も松や糸杉のかわりに、蘇鉄や陽樹が植えられ、南の地であることを感じさせます。ここから今度は小型バスに乗り換え、ひと山越えて海岸沿いの道路を進みます。いよいよアマルフィに向かうのです。
アマルフィには以前見た映画やドラマのせいで、特別な思い入れを持っていました。絶対に訪れたい場所、私にとってのイタリアのイメージの一部を担う重要な場所です。色とりどりの建物が切り立った岸壁に張り付くように、でも決してせせこましい感じではなく、むしろ優雅に立ち並んで紺碧の海を見下ろしています。映画のように陽光溢れる季節ではないものの、春霞にふんわりと包まれたこのお洒落なリゾート地は、窓やバルコニーには花が溢れ、あちこちに秘密の路地や階段が迷路のように入り組んで、一種独特の雰囲気を醸しだしています。なんというハーレクイン感!



夏のアマルフィはきっともっとキラキラと眩しいことでしょう

町の中心には立派なドゥオーモがあり、広場から大階段が正面へ続いています。この聖堂の地下には、町の聖人、聖アンドレアの遺物が収められています。このドゥオーモはファザードが金色で彩られ、二色の大理石の柱とあいまって、階段の下から見上げると、太陽の光を浴びて、キラキラと非常に壮大で、荘厳です。アーチのせいか、なんとなく異国情緒もある建物です。イスラム式の中庭(天国の回廊)や地下聖堂も非常に美しく、是非時間をかけて見るべきところです。
 
ドゥオーモ広場周辺には、ジェラートの店やバール、レストラン、土産物のお店がたくさんあり、見て回るだけでも楽しいです。早速ブラブラしながら、このあたりの名産品であるリモンチェッロ(レモンのお酒)を買い込みました。リモンチェッロはアイスクリームにかけて食べたり、カクテルを作ったり、お菓子に使ったりして楽しめる南イタリアの味です。
アマルフィは夏のバカンスシーズンはさぞ人も多く、賑やかになるのでしょう。町を歩きながら、何故かやはりここは恋人と来るところだとつくづく思うのでした。

さて今回のイタリア旅行の最後のイベントは、ナポリ郊外、あのポンペイの遺跡を見ることです。映画や物語のせいなのか、なぜかポンペイに惹かれるものがあり、またどうしても訪れたいと思っていました。ナポリの町でスパゲッティ・ボンゴレと魚介のフリットの食事を済ませ、(これがまた美味しい!)ポンペイへ向かいます。
春うららの光の中、雄大なヴェスヴィオ山は、煙を吐くこともなく、静かに佇んでいます。ちょうど富士山を遠くから眺めるような感じと似ています。

遺跡というものは本当に想像力をかきたてられ、時の経つのを忘れてしまいます

ポンペイは現在も発掘が進められており、思ったよりはるかに大きな町であることが、入り口でもらった地図を見てもわかります。ドキュメンタリー番組などでも何度も紹介されている、二千年も前に現在と遜色ないインフラが整い、富と繁栄に満ちていた町の姿は、これが本当に火山灰の下から発掘されたものとは思えぬ鮮やかさ、立派さで目の前に広がります。広場、市場、浴場、娼館、貴族の館から庶民の家まで、当時の様子を知ることができ、また柵を隔てて手の届きそうなところに、あの有名な人型の石膏像が横たえられており、その生々しさに圧倒されます。二千年前、確かにここで人々が現在の私達と変らぬ生活、むしろもっと活気に溢れた日常を送っていたことを肌で感じることができます。
熱心に歩き回って見学していると、ここに来るまでには「もし、今ヴェスヴィオ山が噴火したら・・・」などと心配していたこともすっかり忘れてしまいました。ポンペイを出る頃にはもうすっかり夕方になっていました。

ナポリからローマへと戻り、フィウミチーノ空港から帰途につきます。嗚呼、アリヴェデルチ、ローマ! 再度ドバイを経由して、関西空港に戻ると、海外旅行から帰ってきた時に毎度感じる安堵感と心地よい疲労感と一抹の寂しさ・・・
久しぶりのイタリアはやはり魅力に満ちていて、何度訪れても飽きない、大好きな国であることを再認識しました。
「すべての道はローマに通ず」・・・憧れてやまない古代ローマ、歴史、ルネッサンス、美術、音楽、建築、モードファッション、美食、美しい自然・・・イタリアの魅力は尽きません。またいつの日か、再訪できることを願いつつ。

イタリア旅行記 終















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