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つれづれなるままに引き出しを開けると、自分でも忘れていたものを思い出したり… ぴったりの処方箋が見つかったり…
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ピサはフィレンツェから車で1時間ほどのところにあります。ピサと言えば斜塔というほど、斜塔のイメージが強いところですが、昔はジェノバ、ベネチア、アマルフィと並んで4大海洋王国として栄えた都市です。でも、フィレンツェからピサまでは海が見える道を通らないためか、斜塔のある場所あたりは全くといっていいほど、海の気配は感じられません。

フィレンツェからピサまでの道はほぼこういう農園風景が続いています。とてものどかです

有名な斜塔はドゥオーモ(聖堂)、洗礼堂と同じ広い敷地内にあり、ロマネスク様式の最高傑作として「カンポ・ディ・ミラコーリ」(奇跡の広場)と呼ばれています。昔は塀で囲まれていたらしく、高い土塀も残っています。周辺はのんびりとした田舎街、たまにピザのお店が目に付くくらいですが、ユニークなのはバスの駐車場からこの広場までは、まるでテーマパークのアトラクションのような二両続きのミニバスに乗って行くという事です。時間にすれば5分程、一昔前風の乗り物から降りると、ここにもいました、自撮り棒の押し売り!バスが着いて、観光客が降りるたび、ザザーッとそちらへ押し寄せていきます。アジア人と見るや、中国語、韓国語、そして日本語で呼びかけています。(恐らく区別はつかないのでしょう)賑やかでしつこい押し売りをすり抜けて、敷地内の門をくぐるとそこまではもう追ってきません。どうやら敷地内ではこの手の物売りは禁止されているようです。
敷地内は芝生が綺麗に手入れされ、白い建物が良く映えます。お天気もよく、観光客も思い思いに芝生に座ったり、写真を撮ったり、くつろいでいます。
斜塔は思っていたよりも傾いているので、驚きます。もう何百年もこの状態なのです。もちろん今は地盤の補強もされていますが、イタリアも地震が多いので、この先いつかは倒れてしまうのではないかと思うと、今この不均衡で美しい姿を目に焼き付けておかなくては!と思うのです。

ガリレオ・ガリレイが頂上から鉄球と綿塊を落として、質量と落下速度の関係を証明したという斜塔

真っ白な大理石が目に眩しいドゥオーモや洗礼堂は11~12世紀に建てられたものですが、ビザンチン様式の装飾も華麗で美しく、ピサが最も勢いのあった往時をしのばせます。聖堂の中にはガリレオがミサの説教の最中に退屈のあまりボーッと眺めていて「振り子の法則」に気がついたとされる大きなランプもあり、教科書で知っている、物理の法則を発見したあの有名な人と、何百年の時を経て、今同じ場所に存在したのだと思うと、ピサ出身の天才ガリレオがなんだかすごく身近に感じられてきます。洗礼堂の中には彫刻が見事な説教壇や大理石の洗礼盤があり、ここではいかに音響効果が良いのかを一日数回、声(お祈りのような、歌のような)や拍手などで実演、説明してくれます。

ピサを後に、一路南へ・・・高速道路から見渡す限り、のんびりとした田園風景が延々と続いています。ゆるやかな丘陵地帯、牧場らしきところに点々と見えるのは羊や馬。広い畑の真ん中にポツンと一軒家が建っているのですが、どう見ても周りに電線などが見えないのです。こういう一軒家の電気やガス、上下水道はどうなっているのか、非常に興味をそそられました。
車窓から見える木立が尖った糸杉から丸い松に変わってきたら・・・いよいよローマが近づいてきたと実感します。
全ての道はローマへ通ず。頭の中にレスピーギの交響詩「アッピア街道の松」(最後の盛り上がり部分)が響いてくるような気がしました。初めてローマを訪れてからもうどれくらい経ったでしょうか。私とローマの出会いは間違いなく往年のハリウッド映画「ベン・ハー」であると断言できます。初めて見る壮大なヨーロッパの歴史の中心、壮大で華麗で苛烈な古代ローマ、カトリックの総本山、古代から連綿と現在に至る栄枯盛衰・・・すべてが全く未知で東洋文化とは正反対の異質な憧れでした。それからもローマを題材とした映画やドラマや本によってその憧れは増幅されてゆきました。そして学生時代、初めて訪れたローマは洗練された現代文明と古代文明が入り混じり、モダンな建物の横には千年以上前の遺跡が顔を出しています。その点では日本の京都や奈良とも似ていますが、建物が石造りのせいか、その存在感は大きく、迫力がある気がします。

ローマの象徴の一つ、コロッセオ(闘技場)。今年は修復中です

コロッセオはローマ中心部から少し離れたところにありますが、地下鉄を利用してもすぐに行けます。実際この壮大な建築物を目の当たりにすると、その迫力には圧倒されます。入場してみると、観客席の様子や、発掘された地下の様子(剣闘士の部屋、猛獣の部屋やアリーナ(1F)へせり上がる手動エレベーター施設など)が良くわかります。やはりここは解説書片手にゆっくりと見て回りたいところです。じっと見つめていると、グラディエーターの時代の様子がオーバーラップされてくる気がして、なんとも感慨深いです。
今回、コロッセオの外壁の穴になぜか色鮮やかなインコが巣を作ってるのを発見しました。インコは世界遺産をねぐらに悠々と周りを飛び回っていました。
日が暮れてくると、ローマの街灯がともります。この街灯の色がオレンジに統一されており、それがこの歴史の街のたたずまいとマッチして、控えめに、そして影の色濃く、街を照らし出します。街の中心部は人通りも多く、賑やかですが、決して派手すぎるネオンや騒音や風情のない看板などに邪魔されることなく、あくまで重厚に、宵闇に包まれて、夜が更けてゆくのです。


パスタ!パスタ! イタリアの食事はパスタ好きにはたまりません!







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フィレンツェはこれまでの印象で暗い街だと思っていました。ドラマや小説のせいかもしれません。フィレンツェにとってはとんだ風評被害です。ルネッサンスの花である芸術、科学の著しい発展が光の部分だとすると、政治的な陰謀や闇の歴史の数々(メディチ家、ボルジア家など)や中世カトリックの理不尽な重苦しさはまさにフィレンツェの影の部分であり、この光と影のコントラストがあまりに強すぎて、なぜか暗い印象を持っていたのです。
フィレンツェの中心部であるシニョリーア広場を歩いては、その石畳がどれだけの血を吸ってきたかを思い、ベッキオ宮殿やジョットオの鐘楼を見上げても、その窓から政敵によって吊るされた人の人影をふと想像して、薄ら寒くなります。本当に、ドラマや映画や小説の刷り込みって恐ろしいものです。しかし実際広場の一角には「サヴォナローラが火刑にされた地点」などが記されています。中世ヨーロッパの歴史は非常に面白いのですが、知れば知るほど血生臭いものでもあります。
しかし今回、春のうららかな明るい陽射しの中訪れた、あちこちでアーモンドの花やレンギョウが満開のフィレンツェは確かに花の都の様相でした。鳥のさえずりが聞こえ、街は活気があり、古い町並みの中に洒落たお店も見受けられ、印象はだいぶ変わりました。街の真ん中あたりをアルノ川が横切っています。フィレンツェは京都と姉妹都市ということですが、京都の真ん中を鴨川が通っているのと似ています。なんとなく川岸の風景も似ているような・・・
その日は朝からまず花の聖母教会へ。赤くて巨大なキューポラ(丸屋根)が有名なこの教会はフィレンツェ象徴でもあります。ドゥオーモ前の広場は平日なので人はそれほど多くありませんが、やはりここにもいました、ジプシー。典型的な民族衣装っぽい身なりの老女が近づいてきては、こちらに向かって十字を切ってお祈りし、なにかめぐんでくれるよう、しきりに言っています(たぶん)。かなりしつこく周りをぐるぐる回っていますが、無視し続けるとあきらめて別の観光客目指して行ってしまいました。

花の聖母教会の正面 白と緑の大理石が美しい堂々たる姿です。キューポラは隠れています

イタリアではよく風景画を売っている画家を見かけます。そこで絵を描きながら(大体は油絵)自分が描いた絵を売っている美大生か、駆け出しの画家なのかと思っていました。結構素敵な絵を売っている画家がいて、観光客が周りを取り囲み、誰かが交渉して、そのうちの一枚を買っていました。値段もそこまで高くなく、私もいいなと思いましたが、これからまだ歩き回るし、丸めただけの絵を持ち歩くのも不便かと思い、やめました。ところが、後々発覚したのですが、その絵はただのカラーコピーだったのです!後で同じ絵を売ってる「画家らしき人」を何人も見かけました。まあ、土産物の一つだと思えば笑いで済みますけどね。
この教会のキューポラにも登ることはできます。高いところから街全体を見渡すにはいいところです。でも後で街外れの丘の上(ミケランジェロ広場)からも街を一望することができるので、今回は上りませんでした。
メルカート・ヌォーヴォ(絹市場跡)の革製品の露店がずらりと並んだ道を通り抜け、予約してあるウフィツィ美術館へと向かいます。この美術館もフィレンツェ観光の目玉なので、各国の観光客が一年中訪れるため、入場制限があり、予約していかないと何時間も並ぶことになります。
この美術館はフィレンツェの行政オフィス(ウフィツィ)とピッティ宮殿を繋ぐ大回廊にメディチ家の膨大な収集品を収蔵したのがはじまりで、1765年に一般公開されるようになったそうです。メディチ家以外の収集品も加わり、ルネッサンス各時代の誰もが美術や世界史の教科書で見覚えのある絵画が時代や作家別に分類され、とても一日では周りきることができません。ダ・ヴィンチ、ラファエロ、ミケランジェロの三大巨匠の作品を堪能することができます。ここは是非日本語音声ガイド(有料貸し出しあり)か、専門のガイドさんと周ることをお勧めします。一つ一つの作品の説明は非常に興味深く、面白く、駆け足で周るにはあまりに勿体無い気がします。

回廊を周る途中に窓から見える景色。正面の屋根のある橋はベッキオ橋(映画「香水」でもでてきましたね)

眺めの良いカフェで一休みするもよし、ミュージアムショップでお土産を探すもよし、この美術館はやはり何度も訪れたくなるお気に入りの美術館です。(まだまだまだ・・・周り足りない)
シニョリーア広場は有名なダビデ像をはじめ、「メドゥーサの首を持つペルセウス」など、華麗な彫刻がずらりと並んで取り囲み、さながら屋外美術館のようです。私は彫刻が好きなので、リアルで躍動感溢れる彫刻を間近に見ることができて(たとえレプリカでも)それはもうワクワクしました。実物はどれも思ったより大きい印象です。そしてこれが一つの石から彫られたとはとても思えない繊細さもあるのです。
広場からそう遠くないところにレオナルド・ダ・ヴィンチミュージアムというのがあり、今回こそ行ってみたいと思っていましたが、残念ながら時間がなく、次回への持ち越しとなりました。サンタ・クローチェ教会やメディチ家の邸宅など、まだまだ訪れたい場所があります。フィレンツェを後にする時、もう一度ミケランジェロ広場から日暮れの街を見ることができました。建物がシルエットになり、オレンジ色の灯りがキラキラとまたたく夜景は、昼間の明るい空の下に赤い屋根がずっと広がる展望とはまた違う味わいがあります。
また、このミケランジェロ広場へアルノ川を渡って緩やかに登っていく丘陵地帯にはいかにもな雰囲気のクラシックな大邸宅が点在し、不動産好きでもある私は思わず、「一体いかほどのお値段なのか」「こんなところに住んだらどんな生活なのだろう」などと夢のある(有り得ない)事を考えずにはおられませんでした。



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ベネチアは大好きな街です。海の上の街、沈み行く街、過去の輝かしい栄光を伝える街。
ベネチアを訪れるのはいつも寒い時期なので、やはりなんとなく暗い印象があったのですが、今回は水上バスのデッキに出ていても、風も春めいて、大運河はキラキラと明るく輝いていました。

水上バスの船着場には、ジプシーのお姉さん達がドレスを着て、上げ底の靴(台?)を履いて、ニッコリと手招きしていますが、物珍しさに写真を撮ってしまうと、モデル代を請求されます。ジプシー稼業も以前と比べるといろいろと進歩しているのですね。
近年、ベネチアのホテルの宿泊費が高騰し、本島のホテルは予約が取りにくく、本島手前のメストレ地区でさえ、便乗値上げされているらしいです。それほどたいしたホテルでもないのに、とガイドが言い放っていて、可笑しかったです。
ベネチアのホテルと言えば、世界の芸能人がよく利用する高級ホテルの「ダニエリ」をはじめ、有名高級ホテルがいくつかありますが、どれもかなり古く、潮風と海水の浸食のせいで、外観はかなり老朽化しているように感じます。ただし、中へ入ると、重厚な造りのロビーや、豪奢なイタリア家具で統一された、映画のセットようなクラシックな内装に驚きます。運河沿いに立つホテルは表玄関は道路に面していても、裏口は必ず水路に面していて、裏口が船着場(ボート乗り場)になっており、直接そこから船に乗って漕ぎ出します。ベネチアの街は車は走っていません。車の代わりに船に乗って移動するのです。迷路のように水路が入り組んでおり、その水路を橋がまたいで、道が続きます。ここでは油断していると、あっと言う間に迷子になりそうです。万一迷子になっても、ところどころの道の角にはよく見ると「per St.Marco」(サンマルコ広場方面はこちら)などと表示がありますから、その表示に沿ってサンマルコ広場を目指して歩いてゆけば、なんとかなりそうです。
地図を広げると、水路が道路そのものであることがわかります。この入り組んだ水路をあのゴンドラに乗って、ゆっくりと巡ることもできます。普通のゴンドラは4人乗り+船頭さん(ゴンドリエーレ)が多いですが、ペアシートのものや、もっと大人数が乗れるものもあります。ゴンドラにはゴンドリエーレ好みの装飾がされており、個性を比べるのも楽しいです。そして、ゴンドラに乗り込んで、ユラユラと海水の匂いのする水路を行き、石造りの橋をいくつもくぐれば、気分はすっかり「Like a Virgin」のマドンナ・・・海水によって浸食され、フジツボがびっしりついた、1階の水路側玄関の石段や、ガレージのような各家の船を係留するための柱を間近に見ながら、海面から見上げるベネチアの街は、確かにイタリアの他のどこにもない情緒が溢れています。
 
それからベネチアといえば、2月の厳寒の時期に行われるカーニバルが有名です。ベネチア全盛期の頃から何世紀も続いている伝統行事です。皆思い思いの仮面(マスケラ)やドレス、マントを身に着け、素性を隠して出歩き、数日間のカーニバルを楽しみます。映画のような、幻想的な世界です。この時期は世界中の人が訪れるので、ホテルも一層取りにくく、まだカーニバルを一度も体験したことはありません。一度はなんちゃって仮面舞踏会を体験してみたいものです。今回もあちらこちらにカーニバルが過ぎた後の、お祭りの後の余韻がそこはかとなく漂っているような気がしました。路地のお店にはお土産用の小さなマスケラから、本格的なマスケラまでぎっしりディスプレイされているのを見かけます。

仄暗い路地を抜けると、いきなり目の前には広々と明るいサンマルコ広場が開けます。正面にサンマルコ寺院と大鐘楼がそびえ立ち、ここにも鳩がいっぱいいます。大鐘楼に登る順番を待っている観光客が大勢いるので、広場をぐるりと取り巻く回廊に沿って、お店を冷やかしながら回ります。かの有名なカフェ・フローリアンが大鐘楼に向かって右手真ん中あたりにあり、映画「旅情」を思い出しながら中を覗き込んでみますが、置かれているメニュー料金が高過ぎるせいか、あまり人は入っていないようでした。(でもまだ外に明朗会計が表示されているだけマシですね)
地中海性気候のせいで、冬場には雨が多く、高潮の時などは海水が入ってきて、広場や寺院も水浸しになります。この広い広場が冠水してプールのようになってしまうのです。底冷えがする上に、水浸しなんて・・・カーニバルの時期に訪れるのを二の足を踏む理由でもあります。これ以上海面が上昇したら、どうなるのでしょうか。やはりベネチアはいつかは沈みゆく街なのでしょうか。
旧行政館の時計塔の鐘が鳴り響きます。広場にいる人々が一斉に上を見上げます。屋根の上のからくり時計です。サンマルコ寺院の外壁や大屋根も修復工事がおこなわれていました。サンマルコ寺院は5つのドーム屋根を持ち、モザイクやフレスコ画、彫刻で装飾されて、どこかエキゾチックな寺院です。十字軍の頃、ベネチアの繁栄を彷彿させる、内部も外部も独特で、一見の価値のある、大好きな聖堂の一つです。
 
希少価値の大理石や金が惜しげもなく使われた煌びやかな内部の装飾は過去の栄華を物語っています

海運国家であったベネチアの守護聖人マルコ、そしてベネチアの象徴の有翼の獅子像が高い屋根の上から見下ろしています。繁栄と衰退、十字軍、東方貿易、オスマントルコ・・・遥かな昔と遠い異国に思いを馳せることができる旅情に満ちた街は、何度訪れても、またゆっくり来たい、今度こそ地図を片手に端から端まで歩いてみたいと思わせる魅力ある街なのです。



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本当に久しぶりにイタリアを訪れました。
今回は初めてドバイ経由でエミレーツ航空を利用しました。長い長いフライトです。どうやってこの時間を過ごそうかと心配していましたが、さすが最新型機、エンタメが非常に充実していたので、乗る前までの憂いはどこへやら、座った途端、もう見る映画をチョイスすることに必死になっていました。結構最新の映画が見れるので、ここぞとばかり見まくっていたら、目がすごく疲れました。
離陸から3~4時間経過して、ふと窓の外をみると、遥か下がキラキラと光って見えます。どこだろう?と思ってフライトインフォメーションを見てみると、北京でした。
知らないうちにヒマラヤ、インドを過ぎて、足の痺れが限界に達した頃、ようやくドバイ空港に到着しました。
ドバイ空港は本当に大きくて、広いです。今や24時間のハブ空港として機能し、あらゆる国の人がここを通過してゆきます。免税店も、カフェやレストランも、お店も充実しており、トランジットの待ち時間も苦になりません。アラブ系やインド系の人が多いです。民族衣装を見るのも楽しいし、お店のグッズや食品もアラブの香り・・・異国情緒がいやでも高まります。

ドバイ空港の窓ガラスはイスラム模様が入っています

ヨーロッパ方面への乗り継ぎはシャトルバスに乗り、かなり離れたサテライトまで移動です。空港はまだ拡張中のようで、あちこちで工事していました。久々にタラップから乗り込みます。早朝ですが、外の気温は26度くらい、冬の格好をしているので日差しが暑くて仕方ありません。それに空気が埃っぽいような。やはり砂漠の国ですね。ドバイはまた別の機会に訪れてみたいと思いました。
しばらくするとユーフラテス河の上空を通りました。世界四大文明の発祥地の一つがこの辺りだと思うと、果てしなく続く決して豊かとは言えないような荒涼とした大地には妙な感慨を禁じえませんでした。

ドバイから6時間あまり、ようやくミラノに到着しました。現地時間はお昼です。バスに乗ってミラノ中心部へ向かいます。高速道路周辺の景色はのどかなものですが、一つだけ気になったことが・・・道路脇には松の木がよく植えられているのですが、その枝に白いフワフワしたものがついています。鳥の巣のような大きさ、形です。これは、「松行列毛虫」の巣(コクーン)ではありませんか!よく見ると、松の大半が立ち枯れています。これは大変な毛虫の害です。イタリアだけでなく、ヨーロッパで数年前にこの毛虫が大発生したとTVでやっていました。このままでは松が全部枯れてしまいます・・・!イタリア政府は気がついていないのでしょうか。何か対策はとられていないのでしょうか。それからは松や林や植え込みが気になって気になって、ずっと毛虫の巣ばかり探していました。
重厚な建物が多くなってきました。いつの間にかミラノ市中心部に入ったようです。トラムが走っています。トラムには新しい型と、レトロな型のものがあって、なかなか雰囲気があります。地下鉄もあるので、交通は便利そうです。イタリアは車社会ですが、ほとんどの車は軽自動車くらいの大きさです。ルノー、フィアット、オペル、いろいろなブランドのものを見ましたが、日本車を見かけることは少なかったです。
スカラ座からギャレリアを歩いて抜けて、ドゥオーモへたどり着きます。

ギャレリアはガラス張りの天井から差し込む自然光が明るく、芸術的なアーケードで、一流ブランド店や高級カフェ(一部はぼったくりとの噂もw)が連なっています。地元の商店街のアーケードとはえらい違いです。床のモザイクが高級感を一層そそります。以前真ん中あたりにマクドナルドが入っていましたが、ここの雰囲気にそぐわないということか、少し離れたところに退去させられたようでした。
ゴシック形式の見事なドゥオーモはものすごい迫力です。ミラノの象徴です。しかし、前の広場でポカンと見とれているのは少々危険です。ここは物売りが非常に多い場所。以前はジプシーも多かったのですが、今は黒人二人組みがミサンガを手に一瞬で巻きつけてきて、バカ高い料金を請求したり、おじさんがハトの餌の屑とうもろこしを手に握らせて、ハイ、5ユーロ!とか言って来るのが流行ってるそうです。そんなことを聞いたので、必要以上にビクビクしながら、早足で聖堂の中に入ります。聖堂へ入る時も最近はセキュリティチェックが厳しくなっており、バッグの中身を見せなければなりません。あまり大人数のグループは嫌がられます。また、中で写真を撮りたければ、入ってすぐのカウンターで2ユーロ支払って手にピンクのタグを巻いてもらいます。タグがなければ、写真は禁止です。(見回ってる係員がいます)

聖堂後面の見事なステンドグラス  テニスコートくらいの大きさがあります

聖堂の中には彫刻、お墓、祭壇、ステンドグラスなど、見所は一杯ありますが、私は何と言ってもずらりと並んだ懺悔室(それも木彫りの彫刻が素晴しく、暗い緋色のビロードが懸かっている)に妄想を掻き立てられました。聖堂の中というのは、独特の匂いがします。蝋燭と、クセのある洋風のお香と、それから古い衣服や書物から漂うような、埃っぽい黴のような匂いが混ざった匂いです。何百年も前からおそらく同じ匂いがしていたのだろうと思います。
ひんやりとした聖堂を出て、ぐるりと裏へ回り、後ろからのドゥオーモを堪能したら、隣に立っている百貨店(リナシェンテ)へ立ち寄ります。これはお決まりのコースです。なぜなら・・・この辺りはお手洗いがなく、カフェかバールへ入るか、この百貨店へ行くかという選択にせまられるからです(毎度のこと)。しかし、この百貨店の7階にあるカフェの窓からは隣のドゥオーモの尖塔と屋根、聖人の彫刻が間近に見ることができるのです。ちょっとした穴場でもあり、休息するには丁度いいかもしれません。休息の後は、イタリアン・モード(服売り場)を観察しながら、エスカレーターで降りてきます。
ミラノでもう一つ感じたことは、少し年配の男性がとにかくお洒落で格好いい!どちらかと言えば濃い色のコートやジャケットをキチンと着込んだコンサバな格好です。ヒゲはあったり、なかったり。私にはもう誰もがジョージ・クルーニーに見えました。これがミラノモード!いや、チョイ悪オヤジ?雑誌「LEON」から抜け出たような、道行く男性をウオッチするだけでも十分刺激的な楽しみであります。
ミラノで必ずと言っていいほど立ち寄る(一度は見る)「最後の晩餐」のあるサンタ・マリア・デ・レ・グラツィエ教会へは今回は行きませんでした。今はこの教会への入場も予約制になっており、入場制限があるらしいです。
ミラノの夜はキラキラと綺麗で、お洒落ですが、決して安っぽい感じではありません。お上品で、静かな、大人っぽい感じです。歩き回った身体には温かいミネストローネが染み渡りました。とにかく飛行機ではあまり寝ていなかったので、ホテルに着くともうバタンキュー(死語)でした。








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最近面白いホラー映画がないなあ、なんて思っていたら、家族からこんなのを紹介されました。

http://www.bchorrorchallenge.com/

これはイギリスのホラームービー専門の製作会社がインディーズのホラーの発表場所を提供し、若手の才能を発掘しようとする試みのようです。見ると結構なスポンサーも付き、入賞作品が発表され、賞金や今後の製作賛助ももらえるようで、多くの応募があったようです。
上記ホームページからでも、youtubeからでも入賞作品を鑑賞することができます。どれも3分前後という短さの中で、見るものをいかに怖がらせるか、製作者の腕の見せ所であり、ホラームービーの真骨頂を感じることができます。とても面白い試みだと興味を引かれました。
上位入賞作品の一つを皆で見ていたのですが、冒頭からあっという間に引き込まれ、そして最後には全員で「ギャーッ!!」と叫んでしまいました。日曜の夜、団欒の時間です。大声が近所中に響き渡り、よく通報されなかったものだと思いました(笑)。
その後、私は結局上位入賞作品を全部見たのですが、どれもどこか既視感があり、くるぞ、くるぞというカメラワーク、臨場感のあるサウンド、効果音と音楽、そしてお約束・・・それらが全て3分に凝縮され、非常に濃い内容で、楽しめました。久々にドキドキして、純粋にホラーを楽しむことができました。
それにしても、人は何に対して恐怖を感じるのでしょうか。暗闇?怨霊?怪物?わけのわからないもの?殺人鬼?死?悪魔?・・・作品にはこれらのものが大体網羅されていたように思います。オカルトあり、都市伝説あり、古典的ホラーあり。しばらく忘れていた感覚が蘇ってきて、自分のホラー好きを再認識しました。
私は過度に暴力的な、ただ血が流れるだけのスプラッタはあまり好きではありませんが、その他の題材は何でも面白いと思えます。吃驚させて怖がらせるものより、じわじわと精神的に追い詰められるものが好きかもしれません。そしてどこか少し古典的な匂いのするものが好きです。
最近ではオカルトとか怪物とかはっきりカテゴリーには入りきらない、「わけのわからないもの」に対する恐怖が描かれていることが多いと思います。代表的な作家ではスティーブン・キングの作品でしょうか。救いのない、後味の悪いエンディングのものも多いです。
個人的には閉鎖された空間に迫り来る絶望とか、人間の心の闇、集団ヒステリーなんかの方が、怪物よりも恐ろしいと思います。
久しぶりに良い刺激になりました。

Youtubeより一つ作品紹介(苦手な方はご覧にならないよう願います)

                                ベスト監督賞受賞作  私達が叫んでしまったものです・・・ 




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