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つれづれなるままに引き出しを開けると、自分でも忘れていたものを思い出したり… ぴったりの処方箋が見つかったり…
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今年の紅葉の季節もそろそろ終わりを迎えます。
紅葉の名所は数々ありますが、京都東山にある永観堂は「紅葉の永観堂」として広く知られ、ポスターになったり、ランキングに載ったり、おすすめスポットとして必ず紹介されています。
今年も永観堂を訪れる機会がありました。
永観堂は正式には、浄土宗西山禅林寺派の総本山、無量寿院禅林寺ですが、第七世律師永観にちなみ、「永観堂」と通称されています。京都市地下鉄東西線の蹴上駅を出て、南禅寺の山門を見上げながら広大な敷地を北へ通り抜け、東山に沿って鹿ケ谷通りを歩いてゆくと、右手に総門が見えてきます。
この日は日没後の夜間拝観に行ったので、一旦門が閉められ、再び開門するまで30分ほど並びました。ふと見ると、後ろにはあっという間に長蛇の列ができており、観光バスがどんどん到着してきます。外国人観光客もいっぱいです。冬の短い日はもうとっぷりと暮れており、あたりは暗かったのですが、しばらくすると順々に照明がつき始め、鮮やかな紅葉が照らし出され、あちこちで歓声が上がりました。ようやく列が前へと進み、門を入ることができました。
すでに木々の葉は茶色く枯れ始めていますが、ライトに照らされると、まだまだ色鮮やかです。放生池の周りは特に美しく、その辺りから多宝塔を見上げると、東山を借景として、まさにポスターで見たことのあるアングルを楽しめるのですが、なんせそこら中で写真撮影が行われ、ゆっくりすることもままなりません。順路を示す矢印も、外国人観光客の目には全くとまらないようで、反対回りの人の波がぶつかって、ごった返しています。
なんとか池の周りを一周し、夜にも公開されている阿弥陀堂の方へと向かいます。この阿弥陀堂には私の大好きな仏像の一つである「見返り阿弥陀像」がご本尊として置かれています。この見返り阿弥陀像は、平安後期~鎌倉初期の、京都の仏師による作と伝えられていますが、作者は不明です。像高も77センチと、それほど大きくはありませんが、適度な装飾とそして何よりなんとも優雅な立ち姿が他にはみられない特徴です。
有名な伝説があり、「永観がお堂の中を一人で一心不乱に念仏行道していると、突然須弥壇に安置されていた阿弥陀像が下りて、永観を先導し、行道を始められた。気づいた永観は驚き、茫然と立ち尽くし、あまりのありがたさに涙があふれ、動けないでいると、阿弥陀は左肩越しに振り向き、「永観、おそし」と声をかけられた。」この阿弥陀像はその姿だということです。
とても心に残る、素敵なお話で、私は毎度このお話を思いながら見返り阿弥陀像を拝見するのですが、その時に同時に思い出す話があります。
それが、アナトール・フランスの「聖母の曲芸師」です。(前回紹介した「世界の文豪シリーズ」にも入っています) バルナベという曲芸師が、自分は他の修道士たちのように聖書も知らず、祈ったり仕事したりすることはできないと悲しんでいたが、唯一自分に曲芸ができることに気づき、毎日そっと曲芸を教会の聖母像の前で一人一生懸命披露している。そのことを知った修道士たちが「不謹慎だ、不遜だ、下品だ」とやめさせようとしたまさにその時、聖母像が動いて壇から下り、そっとバルナベの額の汗を拭われた、という話です。
見返り阿弥陀と聖母のお話、共通点があるように思われませんか。この二つの話を思い出すと、決して信心深くはない私でも、ふと涙が出そうになるのです。

永観堂には、もう一つお気に入りがあります。それが知る人ぞ知る水琴窟です。御影堂裏の阿弥陀堂と臥龍廊に別れる回廊の山裾にあります。
ゆっくり阿弥陀像や水琴窟を楽しもうと思うと、やはり紅葉の時期は外して訪れるほうが良いのかもしれません。



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ひょんなことから、突然に思い出すものがあります。
世界の文豪童話シリーズ(研秀出版)全15巻もその一つで、確か小学生の頃から家の本棚にあり、好きで何度も読み返したものですが、その存在をもうずっと忘れていました。
ある時、ネット上で脳科学者の茂木さんが「エメリアンと太鼓」という童話の話をされていました。ふと、「あ、この話知ってる、確かあの本だ」と思い出し、探してみたのですが見つかりません。もしかしたら引っ越しの際に処分してしまったのかもしれない、でもシリーズで揃っていたあんな綺麗な本、何より子供の頃の思い出がいっぱいの本を処分するだろうか、そう思ってめぼしいところは全部探したのですが、結局見つからず、ひどくがっかりしました。
無いとなると、急に惜しくなるもので、記憶を頼りにネットで古本を探してみました。すると、見つかったことは見つかったのですが、もちろんシリーズ全集というわけにもいかず、バラバラで、本の状態も良くなく、しかも値段が一冊あたり2000円を越えていました。
このシリーズは世界のいわゆる文豪と呼ばれる作者の小説を、子供向けに短く、わかりやすく童話に編集したもので、絵本ではないのですが、挿絵も多く、それがまた美しく印象強いものでした。
あの綺麗なハードカバーの全集はもう二度と手元に戻ってくることはない、と落胆し、諦めて忘れかけていた時、それはなんと偶然にも意外な場所で見つけることができたのでした!
もう、嬉しいやら、懐かしいやら。「そうだよね、こんな良い本、捨てるはずないよね!」などと一人で狂喜乱舞しつつ、さっそく開いてみました。
長い間仕舞われていた本の匂い…そして、目に飛び込んできたのは色鮮やかな、覚えのある挿絵!
このシリーズはなんとあの川端康成が監修しているのです。「監修者のことば」の中に、「世界古今の大文学者が子供のために書いた作品は多く、またおとなのための作品で子供の読み物になるものは少なくない。(中略)尚、まったく新しい試みとして、各巻、子供向きのやさしい書き換えと共に原作の完訳を加えた。」とあります。この本の特徴として、子供向けの話と、大人向けの原作の両方が載っているという画期的なことがあります。また、作者の詳しい紹介や、「こんなところに焦点を」「おおいに話し合って」などという「読書のポイント」が各物語の終わりに記されています。
なんという教科書的配慮!そしてなんという充実内容!

あまりに素晴らしいコンテンツなので、以下に各巻の紹介をしておきます。

第一巻  まほうつかいのでし (原作:魔法使いの弟子)
      ネズミがり  (ネズミ狩る男) 
      あるくかね  (歩く鐘) 
      イエスさまとサクランボ  (伝説)             以上ゲーテ
      アカシャコ  (アカシャコのおののき)
      コルニーユじいさんのひみつ (コルニーユ親方の秘密)  
      金ののうみそ  (金の脳みそを持った男)        以上ドーテ
      海におちたピアノ (海に落ちたピアノ)          ストリンドベリ


第二巻  ばかのイワヌシカ  (タカのうた)             ゴーリキー
       バラとそよかぜ   (花が話し合ったこと)        G・サンド
       ヒツジかいのふしぎなゆめ(小さな羊飼いの幸せな夢)   
       白いオオカミ   (白いオオカミ)           以上ベヒシュタイン

第三巻  わがままな大男  (わがままな大男)          ワイルド
       わんぱく犬ビリー (ビリー)                シートン
       七色の花     (七色の花)               カターエフ

第四巻  あくまとパンきれのしかえし (小悪魔がパンきれの償いをした話)
       エメリヤンとからだいこ (エメリヤンと空太鼓)     以上トルストイ
       動物ものがたり     (ルター寓話集)         ルター
       ふしぎなふえの音    (三つの贈り物)         カプアーナ 
 
第五巻  金のニワトリ  (金のニワトリの物語)          プーシキン
       三つのものがたり (ラ・フォンテーヌ)         ラ・フォンテーヌ
       ふえふきクヌート (笛吹きクヌート)           トベリウス 

第六巻  まほうの魚のほね  (ピアブロサムのカラス)     ディケンズ 
       こじきになったとの様 (驕人アゲイの話)       ガルシン
       ゼークリンゲンのとこやのでし(ゼークリンゲンの床屋の見習い)  
       どろぼう名人  (泥棒名人)               以上ヘーベル
 
第七巻  クマの子ハンス  (小さなヘーベルマン)       シュトルム
       リスのぼうけん  (満足しないリス)          ハドスン
       だれにもいわない (夢のお告げ)           アファナシエフ

第八巻  おでこの白い犬  (おでこの白い犬)         チェーホフ
       つぼにはいったおひめさま (壺に入った姫)     キプリング
       ミルテひめ  (ミルテ姫の物語)            ブレンターノ

第九巻  なんでも金にする力  (触るものを金にする力)    ホーソン
       ギターひきのケリブ  (アシク・ケリブ)         レールモントフ
       まほうのゆびわ   (魔法の指輪)            レアンダー

第十巻  赤いしゅうちょうの身のしろ金 (赤い酋長の身代金)   O・ヘンリー
       コウノトリになった王様  (コウノトリになった王様)   ハウフ
       母うずら     (母ウズラ)                ツルゲーネフ

第十一巻 エスキモー少年のひみつ  (エスキモー少年の秘密)
       サンフランシスコ湾のぼうけん(サンフランシスコ湾の冒険) ロンドン
       ルビーのなかのおひめさま (ルビー)            ヘッベル
       きょくげいしバルナベ  (聖母の曲芸師)         A・フランス

第十二巻 まほうの店  (魔法の店)                 ウェルズ
       大うずまき  (大渦巻きへの下降)           ポー
       イエス様の庭に行った少年 (召された少年)     ドストエフスキー 

第十三巻 ネコのおしろ   (ネコのお城)             デ・ラ・メア
       とぶ島への航海  (飛ぶ島への航海)         スウィフト
       アフリカのさばくで (アフリカの砂漠で)        スウェンソン

第十四巻 ウサギ王子   (ウサギ王子)                ミルン 
       やくそくを守ったインディアン(約束を守ったインディアン) オルコット
       子馬   (子馬)                       ショーロホフ

第十五巻 ブタかいの王子  (ブタ飼いの王子)         バーネット
       木馬      (木馬)                  フィリップ 
       勇ましいりゅうき兵 (勇敢な竜騎兵)         アーヴィング
       あたたかいパン  (あたたかいパン)        パウストフスキー


どの物語も、読むと子供の頃初めて読んだ時の気持ちが鮮やかに蘇ってきます。子供時代、大好きだった本はまるでそれ自体がタイムマシンのようです。


 
   



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カプリ島を後にして、船は一路ソレントへ。「帰れソレントへ」のソレントです。歌詞に、”オレンジの香り ほのかに漂い 森の緑にも 風は囁く” とありましたが(高校の時、音楽の時間に習いました)以前ここを訪れた時に、本当にオレンジの香りならぬレモンの香りが漂ってきて、驚いたことを思い出しました。周りを見渡すと、道の並木がレモンの木でした。町の家々の庭にも、必ずと言っていいほどレモンの木があり、日本で見るものよりも一回り大きいレモンがたわわになっています。オレンジや金柑のようなものも多いです。
ソレントの町は、典型的な地中海式の、ベージュ色の壁に赤い瓦屋根の家がゆるやかな坂道に続き、後ろを振り返ると木々の間から青い海が見えたりして、のんびり、小ぢんまりとしたとても良い雰囲気で、ちょっと住んでみたいと思わせるような町です。木々も松や糸杉のかわりに、蘇鉄や陽樹が植えられ、南の地であることを感じさせます。ここから今度は小型バスに乗り換え、ひと山越えて海岸沿いの道路を進みます。いよいよアマルフィに向かうのです。
アマルフィには以前見た映画やドラマのせいで、特別な思い入れを持っていました。絶対に訪れたい場所、私にとってのイタリアのイメージの一部を担う重要な場所です。色とりどりの建物が切り立った岸壁に張り付くように、でも決してせせこましい感じではなく、むしろ優雅に立ち並んで紺碧の海を見下ろしています。映画のように陽光溢れる季節ではないものの、春霞にふんわりと包まれたこのお洒落なリゾート地は、窓やバルコニーには花が溢れ、あちこちに秘密の路地や階段が迷路のように入り組んで、一種独特の雰囲気を醸しだしています。なんというハーレクイン感!



夏のアマルフィはきっともっとキラキラと眩しいことでしょう

町の中心には立派なドゥオーモがあり、広場から大階段が正面へ続いています。この聖堂の地下には、町の聖人、聖アンドレアの遺物が収められています。このドゥオーモはファザードが金色で彩られ、二色の大理石の柱とあいまって、階段の下から見上げると、太陽の光を浴びて、キラキラと非常に壮大で、荘厳です。アーチのせいか、なんとなく異国情緒もある建物です。イスラム式の中庭(天国の回廊)や地下聖堂も非常に美しく、是非時間をかけて見るべきところです。
 
ドゥオーモ広場周辺には、ジェラートの店やバール、レストラン、土産物のお店がたくさんあり、見て回るだけでも楽しいです。早速ブラブラしながら、このあたりの名産品であるリモンチェッロ(レモンのお酒)を買い込みました。リモンチェッロはアイスクリームにかけて食べたり、カクテルを作ったり、お菓子に使ったりして楽しめる南イタリアの味です。
アマルフィは夏のバカンスシーズンはさぞ人も多く、賑やかになるのでしょう。町を歩きながら、何故かやはりここは恋人と来るところだとつくづく思うのでした。

さて今回のイタリア旅行の最後のイベントは、ナポリ郊外、あのポンペイの遺跡を見ることです。映画や物語のせいなのか、なぜかポンペイに惹かれるものがあり、またどうしても訪れたいと思っていました。ナポリの町でスパゲッティ・ボンゴレと魚介のフリットの食事を済ませ、(これがまた美味しい!)ポンペイへ向かいます。
春うららの光の中、雄大なヴェスヴィオ山は、煙を吐くこともなく、静かに佇んでいます。ちょうど富士山を遠くから眺めるような感じと似ています。

遺跡というものは本当に想像力をかきたてられ、時の経つのを忘れてしまいます

ポンペイは現在も発掘が進められており、思ったよりはるかに大きな町であることが、入り口でもらった地図を見てもわかります。ドキュメンタリー番組などでも何度も紹介されている、二千年も前に現在と遜色ないインフラが整い、富と繁栄に満ちていた町の姿は、これが本当に火山灰の下から発掘されたものとは思えぬ鮮やかさ、立派さで目の前に広がります。広場、市場、浴場、娼館、貴族の館から庶民の家まで、当時の様子を知ることができ、また柵を隔てて手の届きそうなところに、あの有名な人型の石膏像が横たえられており、その生々しさに圧倒されます。二千年前、確かにここで人々が現在の私達と変らぬ生活、むしろもっと活気に溢れた日常を送っていたことを肌で感じることができます。
熱心に歩き回って見学していると、ここに来るまでには「もし、今ヴェスヴィオ山が噴火したら・・・」などと心配していたこともすっかり忘れてしまいました。ポンペイを出る頃にはもうすっかり夕方になっていました。

ナポリからローマへと戻り、フィウミチーノ空港から帰途につきます。嗚呼、アリヴェデルチ、ローマ! 再度ドバイを経由して、関西空港に戻ると、海外旅行から帰ってきた時に毎度感じる安堵感と心地よい疲労感と一抹の寂しさ・・・
久しぶりのイタリアはやはり魅力に満ちていて、何度訪れても飽きない、大好きな国であることを再認識しました。
「すべての道はローマに通ず」・・・憧れてやまない古代ローマ、歴史、ルネッサンス、美術、音楽、建築、モードファッション、美食、美しい自然・・・イタリアの魅力は尽きません。またいつの日か、再訪できることを願いつつ。

イタリア旅行記 終















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イタリアは日本と同じように南北に長く、北のアルプス山脈から長靴の先、蹴られた三角形の岩のようなシチリア島や南の島々まで、その風土は変化に富んでおり、実際に旅してみるとイタリアの豊かさ、多様さを感じることができます。
ローマから南へと移動して行くと、田園風景も、町の様子や建物も、雰囲気がガラリと変ってきます。美しく整った、どこか威圧感のある重厚な町から、開放的な、明るい田舎的な町へ。高速道路の周辺には工場が多くなってきます。
「ナポリを見て死ね」という言葉がありますが、以前訪れた時は、お天気があまり良くなかったこともあって、ナポリ湾を見渡した景色も、正直そこまで印象には残っていませんでした。ただやはり、あのヴェスヴィオ山の姿が遠くに眺められたときは、映画「ポンペイ最後の日」を思い出して、感動したことを覚えています。
何年ぶりかで再訪したナポリはお天気も良く、遥か向こうまで弧を描くナポリ湾は濃い青色で、港にはたくさんのヨットや船が停泊しており、何世紀も前から同じ姿のヌオーヴォ城や卵城が、春の太陽を浴びて壮大にただずむその景色は、なるほどヨーロッパ北部の人達が憧れてやまない、明るいイタリアそのものなのだと思いました。また、特に今回私は「ボルジア家」というドラマを観た影響で、ナポリ王宮や、ヌオーヴォ城を外から見ただけでも、その内部で繰り広げられていたであろうドラマを思い出し、非常にワクワクしたのでした。
ナポリは中世、他国による支配が繰り返されたせいか、イタリア都市の中でも、他の都市とはまた少し違う異国情緒がある気がします。ナポリを中心とするイタリア南部は北部にとって(経済的に)お荷物などと言われながらも、最もイタリアらしいイタリア、私達が想像するイタリアであるような気がします。良く知られた「イタリア民謡」は実はほとんど「ナポリ(南部)民謡」であるとガイドさんが教えてくれました。
そして、ナポリと言えば、ピッツア!ナポリ風ピッツアはパリパリのローマ風と少し違って、縁が分厚く、モチモチしています。トマト、モッツアレラチーズ、バジルのシンプルなものの焼きたては本当に美味しい!

翌日、朝から雨模様になりました。この日はカプリ島へ渡るため、朝早くにナポリ港へ行き、1~2時間に一便の連絡船を待ちます。寒かったので、待っている間待合室の売店で、コーヒーを飲みましたが、イタリアで飲むコーヒーについてちょっと一言。バールなどでいろんな種類のコーヒーを飲む機会がありますが、まず、値段はそれほど安くない。そして量が少ない。美味しいことは美味しいのですが、アメリカ風の(いわゆるセカンドウエーブの)コーヒーに慣れていると、ちょっと戸惑います。もっと量を!(笑)そして水はタダではありません。水を飲みたければ別に注文します。これも安くはありません。ユーロになって、一層高くなったような気がするのは私だけでしょうか。(まあ、物価全般に言えることですが)
高速船は港を離れ、窓の外の雨にけぶるヴェスヴィオ山をぼんやりと眺めながら、「ああ、この天気では青の洞窟は無理かも・・・」などと考えていました。ふと気づくと、時間が経っても一向に景色が変らないような気がして、船は確かに進んでいるはずなのに変だと思っていた矢先、イタリア語で放送があり、どうやらエンジンのトラブルでナポリの港に引き返すような様子です。我々の不安げな様子を感じたのか、近くの席に座っていたイケメンの男性が、英語で説明してくれました。ちょっぴり嬉しかったです。
さて、結局船は港に戻り、別の船に乗り換えたりして、二時間以上ロスしてしまったわけですが、この二時間の遅れのおかげで、雨がやみ、ちょうど船を下りてアナカプリへ向かおうと歩いている時に、青の洞窟行きの船がでる桟橋のゲートが開きました。半分諦めていたので、本当にラッキーでした。
 
船の後にロープで繋がって、小船の船頭さん達が!水上スキーのようです

青の洞窟は近くまで船で行き、そこで3~4人乗りの小船に乗り換えて、入場するのです。洞窟の入り口は大変狭く、高さも見たところ1メートルくらいしかありません。お天気が悪く、波が荒いと、入場することは不可能です。
私達の順番が回ってきました。あの低い入り口、立っている船頭さんは一体どうするのだろうと思っていると、入り口上部の岩に打ち込まれた鎖が見えました。どうやらあの鎖を掴んで、仰向けになり、一気に船を洞窟内へ滑り込ませるようです。タイミングがとても大事です。とても危ない!ひやひやしながら指示通りに仰向けに寝転んで、姿勢を低くしたら、その次の瞬間にはもう洞窟の中でした。
洞窟の中は真っ暗です。その時、船頭さんが「後、ウシロミテー!」と叫びました。頭を上げて振り返ると・・・波間が青く、青く光っています!テレビや雑誌で何度も見たあの青。いや、それよりももっと青い。雨が上がったばかりで、それほど外の光も強くないはずなのに、それはまるで海中から強いライトで照らしているのではといぶかしむほど、明るい青さでした。
 
美しすぎて、作り物では?と疑ってしまうほどの青

何艘かの小船が一緒に入っており、船頭さんがイタリア民謡を歌う声が響いています。一生に一度は自分の目で見たかった青の洞窟。これが、あの青の洞窟なんだ!と感動していると、船頭さんが、日本語で「もっと見たい?モット?」と聞いてきました。当然私達はただただうなずきます。すると「一周1ユーロ、二周2ユーロ、OK?」と言っています。それでも興奮している私達は「OK、OK!」と返事をし、ゆっくり二周回ってもらいました。興奮冷めやらぬまま洞窟を出ると、どうやら船に戻る前に船頭さんにチップを渡すらしい。ゆらゆらとかなり激しく揺れる小船の上で寝転びながら、必死でカバンを探り、焦ってチップを出し・・・なんだか最後は慌しく洞窟を後にしました。
カプリの港に戻り、お昼ご飯のリゾットを食べました。南イタリアの味。フレッシュなレモンジュースの爽やかさ。今回は青の洞窟が目的だったため、もうこの後はソレントへ向かわなければなりません。

カプリ島は歴代のローマ皇帝から愛された由緒ある保養地です。中心のアナカプリは雰囲気のあるリゾート(大人の隠れ家)で、ゆっくり散策するのにはとても面白そうです。今度訪れる時は、なんとしてもカプリ島に泊まってみたいと思うのでした。






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今年はイタリアのあちこちの遺跡や建造物が修復中で、パンフレットやポスターで見るようなおなじみの外観を見ることができないところも多くありました。
トレビの泉もその一つで、ぐるりは鉄の足場で囲まれており、水は抜かれ、修復作業中の箇所はシートで覆われていました。それでも、世界中からの観光客は必ず訪れる名所であることには変わりなく、泉のまわりはものすごい人の波です。修復中の泉を見るためにも列に並ばなくてはなりません。うっかりするとはぐれてしまうし、持ち物はスリや引ったくりに気をつけねばならず、ヒヤヒヤしながら進んでいきます。毎度、ここへ来るたび泉にコインを投げ入れ、いつの日かまた再訪できるように願うのですが、前回の願いが叶ったのだと思うと、少し感動して、またこの次もと贅沢な願いをかけてしまうのです。ところが、修復中で水のない泉、今回はもうコインを投げることも無理なのかと思っていたら、ありました!ぐるりと一周して、順路出口に出ると、急ごしらえの1㎡ほどの容器(?)に浅く水が張られ、そこに向かって皆後ろ向きになり、コインを投げ入れています。なんだかあまりありがたくはない仮の泉とも言えぬ「賽銭箱」に向かって、それでもまたいつの日かの再訪を期待して、コインを投げ入れてきました。

やはりザーッと噴水が出て、水がなみなみと溢れていないと頼りないですね…

ローマは地下鉄があるので、ヴァチカンへも地下鉄で簡単に行くことができます。カトリックの総本山、キリスト教の歴史そのものであるヴァチカンはローマを訪れた際に決して素通りすることはできません。今ではヴァチカンも、サンピエトロ寺院も開かれており、何も行事がなければいつでも、誰でもが入ることができます。ミケランジェロが大好きな私は、サンピエトロ寺院の入り口入って右手すぐのところにある「ピエタ像」を見るのを楽しみにしていました。ところが、間が悪いことにその日はたまたま教会の行事があり、関係者以外は立ち入ることができないということで、大変残念な思いをしました。
仕方がないので、寺院前の広場の真ん中に立って、建物の屋根の上の聖人像を一つ一つ眺めていきます。この日は本当に天気も良く、やはり多くの人が広場を散策し、写真を撮っていました。ベルニーニによって設計されたバロック形式の楕円形のこの広場はかなりの面積があるのですが、以前丁度復活祭(イースター)に訪れた時はこの広場は人で埋め尽くされ、広場に入ることすらできなかったことを思い出しました。この時とばかりに、私は映画「天使と悪魔」に出てくるオベリスク脇のポイントなどをしっかりとチェックして、映画を思い出しながらこの足でじっくりと踏みしめて満足しました。

これでも人は少ない方です

 
柱廊の屋根には140体もの聖人像が広場を見下ろしています。それぞれの高さは3m以上あります

その後はヴァチカン博物館に入場しました。この博物館も古代オリエント時代から現在に至る絵画、彫刻、タペストリー等の美術品から工芸品、地図等の実用品までさまざまな文化遺産のコレクションが収蔵、一般公開されています。その数は膨大で、館内は20以上のエリアにわかれ、一日で回りきることは到底不可能です。そしていつもだいたい駆け足で見て回ることになります。今はオーディオガイド(7€)も借りられるので、まず自分のお目当ての作品を事前に決めておき、効率良く回らないと時間はいくらあっても足りません。本当に、今度ローマに来たら、一日中かけてゆっくり見学しよう、いつもそう思いながらヴァチカンを後にすることになります。
システィーナ礼拝堂のミケランジェロの天井画と壁画は修復も終わり、大変鮮やかな色彩を取り戻していました。何度見ても、見飽きることのないその迫力と荘厳さ・・・座り込んで見ている人も大勢いました。礼拝堂いっぱいの人が皆無言でただただ見上げるだけです。圧倒的な作品を前にして、言葉にならない、できない感覚としか言いようがありません。
博物館の途中何箇所かと出口付近にはグッズや本の売店があります。これを見ているだけでも面白く、グッズもいろいろ欲しくなります。以前こちらで薔薇の実のロザリオを買って帰りました。それは今でも箱から取り出すととてもいい香りがします。今回は購入しませんでしたが、ロザリオのデザインなどにも流行りがあるらしく、最近は玉の小さなものが人気だと売店の人から聞きました。
後ろ髪を引かれながら、博物館を出て、歩いていると、通用門の奥に立つヴァチカン衛兵の姿が見えました。ミケランジェロがデザインしたと言われる制服を身に着けたその姿は凛として、その周りの空気だけふっと中世に戻ったような錯覚すら覚える、不思議な光景、不思議なひと時でした。


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