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つれづれなるままに引き出しを開けると、自分でも忘れていたものを思い出したり… ぴったりの処方箋が見つかったり…
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イタリアは日本と同じように南北に長く、北のアルプス山脈から長靴の先、蹴られた三角形の岩のようなシチリア島や南の島々まで、その風土は変化に富んでおり、実際に旅してみるとイタリアの豊かさ、多様さを感じることができます。
ローマから南へと移動して行くと、田園風景も、町の様子や建物も、雰囲気がガラリと変ってきます。美しく整った、どこか威圧感のある重厚な町から、開放的な、明るい田舎的な町へ。高速道路の周辺には工場が多くなってきます。
「ナポリを見て死ね」という言葉がありますが、以前訪れた時は、お天気があまり良くなかったこともあって、ナポリ湾を見渡した景色も、正直そこまで印象には残っていませんでした。ただやはり、あのヴェスヴィオ山の姿が遠くに眺められたときは、映画「ポンペイ最後の日」を思い出して、感動したことを覚えています。
何年ぶりかで再訪したナポリはお天気も良く、遥か向こうまで弧を描くナポリ湾は濃い青色で、港にはたくさんのヨットや船が停泊しており、何世紀も前から同じ姿のヌオーヴォ城や卵城が、春の太陽を浴びて壮大にただずむその景色は、なるほどヨーロッパ北部の人達が憧れてやまない、明るいイタリアそのものなのだと思いました。また、特に今回私は「ボルジア家」というドラマを観た影響で、ナポリ王宮や、ヌオーヴォ城を外から見ただけでも、その内部で繰り広げられていたであろうドラマを思い出し、非常にワクワクしたのでした。
ナポリは中世、他国による支配が繰り返されたせいか、イタリア都市の中でも、他の都市とはまた少し違う異国情緒がある気がします。ナポリを中心とするイタリア南部は北部にとって(経済的に)お荷物などと言われながらも、最もイタリアらしいイタリア、私達が想像するイタリアであるような気がします。良く知られた「イタリア民謡」は実はほとんど「ナポリ(南部)民謡」であるとガイドさんが教えてくれました。
そして、ナポリと言えば、ピッツア!ナポリ風ピッツアはパリパリのローマ風と少し違って、縁が分厚く、モチモチしています。トマト、モッツアレラチーズ、バジルのシンプルなものの焼きたては本当に美味しい!

翌日、朝から雨模様になりました。この日はカプリ島へ渡るため、朝早くにナポリ港へ行き、1~2時間に一便の連絡船を待ちます。寒かったので、待っている間待合室の売店で、コーヒーを飲みましたが、イタリアで飲むコーヒーについてちょっと一言。バールなどでいろんな種類のコーヒーを飲む機会がありますが、まず、値段はそれほど安くない。そして量が少ない。美味しいことは美味しいのですが、アメリカ風の(いわゆるセカンドウエーブの)コーヒーに慣れていると、ちょっと戸惑います。もっと量を!(笑)そして水はタダではありません。水を飲みたければ別に注文します。これも安くはありません。ユーロになって、一層高くなったような気がするのは私だけでしょうか。(まあ、物価全般に言えることですが)
高速船は港を離れ、窓の外の雨にけぶるヴェスヴィオ山をぼんやりと眺めながら、「ああ、この天気では青の洞窟は無理かも・・・」などと考えていました。ふと気づくと、時間が経っても一向に景色が変らないような気がして、船は確かに進んでいるはずなのに変だと思っていた矢先、イタリア語で放送があり、どうやらエンジンのトラブルでナポリの港に引き返すような様子です。我々の不安げな様子を感じたのか、近くの席に座っていたイケメンの男性が、英語で説明してくれました。ちょっぴり嬉しかったです。
さて、結局船は港に戻り、別の船に乗り換えたりして、二時間以上ロスしてしまったわけですが、この二時間の遅れのおかげで、雨がやみ、ちょうど船を下りてアナカプリへ向かおうと歩いている時に、青の洞窟行きの船がでる桟橋のゲートが開きました。半分諦めていたので、本当にラッキーでした。
 
船の後にロープで繋がって、小船の船頭さん達が!水上スキーのようです

青の洞窟は近くまで船で行き、そこで3~4人乗りの小船に乗り換えて、入場するのです。洞窟の入り口は大変狭く、高さも見たところ1メートルくらいしかありません。お天気が悪く、波が荒いと、入場することは不可能です。
私達の順番が回ってきました。あの低い入り口、立っている船頭さんは一体どうするのだろうと思っていると、入り口上部の岩に打ち込まれた鎖が見えました。どうやらあの鎖を掴んで、仰向けになり、一気に船を洞窟内へ滑り込ませるようです。タイミングがとても大事です。とても危ない!ひやひやしながら指示通りに仰向けに寝転んで、姿勢を低くしたら、その次の瞬間にはもう洞窟の中でした。
洞窟の中は真っ暗です。その時、船頭さんが「後、ウシロミテー!」と叫びました。頭を上げて振り返ると・・・波間が青く、青く光っています!テレビや雑誌で何度も見たあの青。いや、それよりももっと青い。雨が上がったばかりで、それほど外の光も強くないはずなのに、それはまるで海中から強いライトで照らしているのではといぶかしむほど、明るい青さでした。
 
美しすぎて、作り物では?と疑ってしまうほどの青

何艘かの小船が一緒に入っており、船頭さんがイタリア民謡を歌う声が響いています。一生に一度は自分の目で見たかった青の洞窟。これが、あの青の洞窟なんだ!と感動していると、船頭さんが、日本語で「もっと見たい?モット?」と聞いてきました。当然私達はただただうなずきます。すると「一周1ユーロ、二周2ユーロ、OK?」と言っています。それでも興奮している私達は「OK、OK!」と返事をし、ゆっくり二周回ってもらいました。興奮冷めやらぬまま洞窟を出ると、どうやら船に戻る前に船頭さんにチップを渡すらしい。ゆらゆらとかなり激しく揺れる小船の上で寝転びながら、必死でカバンを探り、焦ってチップを出し・・・なんだか最後は慌しく洞窟を後にしました。
カプリの港に戻り、お昼ご飯のリゾットを食べました。南イタリアの味。フレッシュなレモンジュースの爽やかさ。今回は青の洞窟が目的だったため、もうこの後はソレントへ向かわなければなりません。

カプリ島は歴代のローマ皇帝から愛された由緒ある保養地です。中心のアナカプリは雰囲気のあるリゾート(大人の隠れ家)で、ゆっくり散策するのにはとても面白そうです。今度訪れる時は、なんとしてもカプリ島に泊まってみたいと思うのでした。






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今年はイタリアのあちこちの遺跡や建造物が修復中で、パンフレットやポスターで見るようなおなじみの外観を見ることができないところも多くありました。
トレビの泉もその一つで、ぐるりは鉄の足場で囲まれており、水は抜かれ、修復作業中の箇所はシートで覆われていました。それでも、世界中からの観光客は必ず訪れる名所であることには変わりなく、泉のまわりはものすごい人の波です。修復中の泉を見るためにも列に並ばなくてはなりません。うっかりするとはぐれてしまうし、持ち物はスリや引ったくりに気をつけねばならず、ヒヤヒヤしながら進んでいきます。毎度、ここへ来るたび泉にコインを投げ入れ、いつの日かまた再訪できるように願うのですが、前回の願いが叶ったのだと思うと、少し感動して、またこの次もと贅沢な願いをかけてしまうのです。ところが、修復中で水のない泉、今回はもうコインを投げることも無理なのかと思っていたら、ありました!ぐるりと一周して、順路出口に出ると、急ごしらえの1㎡ほどの容器(?)に浅く水が張られ、そこに向かって皆後ろ向きになり、コインを投げ入れています。なんだかあまりありがたくはない仮の泉とも言えぬ「賽銭箱」に向かって、それでもまたいつの日かの再訪を期待して、コインを投げ入れてきました。

やはりザーッと噴水が出て、水がなみなみと溢れていないと頼りないですね…

ローマは地下鉄があるので、ヴァチカンへも地下鉄で簡単に行くことができます。カトリックの総本山、キリスト教の歴史そのものであるヴァチカンはローマを訪れた際に決して素通りすることはできません。今ではヴァチカンも、サンピエトロ寺院も開かれており、何も行事がなければいつでも、誰でもが入ることができます。ミケランジェロが大好きな私は、サンピエトロ寺院の入り口入って右手すぐのところにある「ピエタ像」を見るのを楽しみにしていました。ところが、間が悪いことにその日はたまたま教会の行事があり、関係者以外は立ち入ることができないということで、大変残念な思いをしました。
仕方がないので、寺院前の広場の真ん中に立って、建物の屋根の上の聖人像を一つ一つ眺めていきます。この日は本当に天気も良く、やはり多くの人が広場を散策し、写真を撮っていました。ベルニーニによって設計されたバロック形式の楕円形のこの広場はかなりの面積があるのですが、以前丁度復活祭(イースター)に訪れた時はこの広場は人で埋め尽くされ、広場に入ることすらできなかったことを思い出しました。この時とばかりに、私は映画「天使と悪魔」に出てくるオベリスク脇のポイントなどをしっかりとチェックして、映画を思い出しながらこの足でじっくりと踏みしめて満足しました。

これでも人は少ない方です

 
柱廊の屋根には140体もの聖人像が広場を見下ろしています。それぞれの高さは3m以上あります

その後はヴァチカン博物館に入場しました。この博物館も古代オリエント時代から現在に至る絵画、彫刻、タペストリー等の美術品から工芸品、地図等の実用品までさまざまな文化遺産のコレクションが収蔵、一般公開されています。その数は膨大で、館内は20以上のエリアにわかれ、一日で回りきることは到底不可能です。そしていつもだいたい駆け足で見て回ることになります。今はオーディオガイド(7€)も借りられるので、まず自分のお目当ての作品を事前に決めておき、効率良く回らないと時間はいくらあっても足りません。本当に、今度ローマに来たら、一日中かけてゆっくり見学しよう、いつもそう思いながらヴァチカンを後にすることになります。
システィーナ礼拝堂のミケランジェロの天井画と壁画は修復も終わり、大変鮮やかな色彩を取り戻していました。何度見ても、見飽きることのないその迫力と荘厳さ・・・座り込んで見ている人も大勢いました。礼拝堂いっぱいの人が皆無言でただただ見上げるだけです。圧倒的な作品を前にして、言葉にならない、できない感覚としか言いようがありません。
博物館の途中何箇所かと出口付近にはグッズや本の売店があります。これを見ているだけでも面白く、グッズもいろいろ欲しくなります。以前こちらで薔薇の実のロザリオを買って帰りました。それは今でも箱から取り出すととてもいい香りがします。今回は購入しませんでしたが、ロザリオのデザインなどにも流行りがあるらしく、最近は玉の小さなものが人気だと売店の人から聞きました。
後ろ髪を引かれながら、博物館を出て、歩いていると、通用門の奥に立つヴァチカン衛兵の姿が見えました。ミケランジェロがデザインしたと言われる制服を身に着けたその姿は凛として、その周りの空気だけふっと中世に戻ったような錯覚すら覚える、不思議な光景、不思議なひと時でした。


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ピサはフィレンツェから車で1時間ほどのところにあります。ピサと言えば斜塔というほど、斜塔のイメージが強いところですが、昔はジェノバ、ベネチア、アマルフィと並んで4大海洋王国として栄えた都市です。でも、フィレンツェからピサまでは海が見える道を通らないためか、斜塔のある場所あたりは全くといっていいほど、海の気配は感じられません。

フィレンツェからピサまでの道はほぼこういう農園風景が続いています。とてものどかです

有名な斜塔はドゥオーモ(聖堂)、洗礼堂と同じ広い敷地内にあり、ロマネスク様式の最高傑作として「カンポ・ディ・ミラコーリ」(奇跡の広場)と呼ばれています。昔は塀で囲まれていたらしく、高い土塀も残っています。周辺はのんびりとした田舎街、たまにピザのお店が目に付くくらいですが、ユニークなのはバスの駐車場からこの広場までは、まるでテーマパークのアトラクションのような二両続きのミニバスに乗って行くという事です。時間にすれば5分程、一昔前風の乗り物から降りると、ここにもいました、自撮り棒の押し売り!バスが着いて、観光客が降りるたび、ザザーッとそちらへ押し寄せていきます。アジア人と見るや、中国語、韓国語、そして日本語で呼びかけています。(恐らく区別はつかないのでしょう)賑やかでしつこい押し売りをすり抜けて、敷地内の門をくぐるとそこまではもう追ってきません。どうやら敷地内ではこの手の物売りは禁止されているようです。
敷地内は芝生が綺麗に手入れされ、白い建物が良く映えます。お天気もよく、観光客も思い思いに芝生に座ったり、写真を撮ったり、くつろいでいます。
斜塔は思っていたよりも傾いているので、驚きます。もう何百年もこの状態なのです。もちろん今は地盤の補強もされていますが、イタリアも地震が多いので、この先いつかは倒れてしまうのではないかと思うと、今この不均衡で美しい姿を目に焼き付けておかなくては!と思うのです。

ガリレオ・ガリレイが頂上から鉄球と綿塊を落として、質量と落下速度の関係を証明したという斜塔

真っ白な大理石が目に眩しいドゥオーモや洗礼堂は11~12世紀に建てられたものですが、ビザンチン様式の装飾も華麗で美しく、ピサが最も勢いのあった往時をしのばせます。聖堂の中にはガリレオがミサの説教の最中に退屈のあまりボーッと眺めていて「振り子の法則」に気がついたとされる大きなランプもあり、教科書で知っている、物理の法則を発見したあの有名な人と、何百年の時を経て、今同じ場所に存在したのだと思うと、ピサ出身の天才ガリレオがなんだかすごく身近に感じられてきます。洗礼堂の中には彫刻が見事な説教壇や大理石の洗礼盤があり、ここではいかに音響効果が良いのかを一日数回、声(お祈りのような、歌のような)や拍手などで実演、説明してくれます。

ピサを後に、一路南へ・・・高速道路から見渡す限り、のんびりとした田園風景が延々と続いています。ゆるやかな丘陵地帯、牧場らしきところに点々と見えるのは羊や馬。広い畑の真ん中にポツンと一軒家が建っているのですが、どう見ても周りに電線などが見えないのです。こういう一軒家の電気やガス、上下水道はどうなっているのか、非常に興味をそそられました。
車窓から見える木立が尖った糸杉から丸い松に変わってきたら・・・いよいよローマが近づいてきたと実感します。
全ての道はローマへ通ず。頭の中にレスピーギの交響詩「アッピア街道の松」(最後の盛り上がり部分)が響いてくるような気がしました。初めてローマを訪れてからもうどれくらい経ったでしょうか。私とローマの出会いは間違いなく往年のハリウッド映画「ベン・ハー」であると断言できます。初めて見る壮大なヨーロッパの歴史の中心、壮大で華麗で苛烈な古代ローマ、カトリックの総本山、古代から連綿と現在に至る栄枯盛衰・・・すべてが全く未知で東洋文化とは正反対の異質な憧れでした。それからもローマを題材とした映画やドラマや本によってその憧れは増幅されてゆきました。そして学生時代、初めて訪れたローマは洗練された現代文明と古代文明が入り混じり、モダンな建物の横には千年以上前の遺跡が顔を出しています。その点では日本の京都や奈良とも似ていますが、建物が石造りのせいか、その存在感は大きく、迫力がある気がします。

ローマの象徴の一つ、コロッセオ(闘技場)。今年は修復中です

コロッセオはローマ中心部から少し離れたところにありますが、地下鉄を利用してもすぐに行けます。実際この壮大な建築物を目の当たりにすると、その迫力には圧倒されます。入場してみると、観客席の様子や、発掘された地下の様子(剣闘士の部屋、猛獣の部屋やアリーナ(1F)へせり上がる手動エレベーター施設など)が良くわかります。やはりここは解説書片手にゆっくりと見て回りたいところです。じっと見つめていると、グラディエーターの時代の様子がオーバーラップされてくる気がして、なんとも感慨深いです。
今回、コロッセオの外壁の穴になぜか色鮮やかなインコが巣を作ってるのを発見しました。インコは世界遺産をねぐらに悠々と周りを飛び回っていました。
日が暮れてくると、ローマの街灯がともります。この街灯の色がオレンジに統一されており、それがこの歴史の街のたたずまいとマッチして、控えめに、そして影の色濃く、街を照らし出します。街の中心部は人通りも多く、賑やかですが、決して派手すぎるネオンや騒音や風情のない看板などに邪魔されることなく、あくまで重厚に、宵闇に包まれて、夜が更けてゆくのです。


パスタ!パスタ! イタリアの食事はパスタ好きにはたまりません!







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フィレンツェはこれまでの印象で暗い街だと思っていました。ドラマや小説のせいかもしれません。フィレンツェにとってはとんだ風評被害です。ルネッサンスの花である芸術、科学の著しい発展が光の部分だとすると、政治的な陰謀や闇の歴史の数々(メディチ家、ボルジア家など)や中世カトリックの理不尽な重苦しさはまさにフィレンツェの影の部分であり、この光と影のコントラストがあまりに強すぎて、なぜか暗い印象を持っていたのです。
フィレンツェの中心部であるシニョリーア広場を歩いては、その石畳がどれだけの血を吸ってきたかを思い、ベッキオ宮殿やジョットオの鐘楼を見上げても、その窓から政敵によって吊るされた人の人影をふと想像して、薄ら寒くなります。本当に、ドラマや映画や小説の刷り込みって恐ろしいものです。しかし実際広場の一角には「サヴォナローラが火刑にされた地点」などが記されています。中世ヨーロッパの歴史は非常に面白いのですが、知れば知るほど血生臭いものでもあります。
しかし今回、春のうららかな明るい陽射しの中訪れた、あちこちでアーモンドの花やレンギョウが満開のフィレンツェは確かに花の都の様相でした。鳥のさえずりが聞こえ、街は活気があり、古い町並みの中に洒落たお店も見受けられ、印象はだいぶ変わりました。街の真ん中あたりをアルノ川が横切っています。フィレンツェは京都と姉妹都市ということですが、京都の真ん中を鴨川が通っているのと似ています。なんとなく川岸の風景も似ているような・・・
その日は朝からまず花の聖母教会へ。赤くて巨大なキューポラ(丸屋根)が有名なこの教会はフィレンツェ象徴でもあります。ドゥオーモ前の広場は平日なので人はそれほど多くありませんが、やはりここにもいました、ジプシー。典型的な民族衣装っぽい身なりの老女が近づいてきては、こちらに向かって十字を切ってお祈りし、なにかめぐんでくれるよう、しきりに言っています(たぶん)。かなりしつこく周りをぐるぐる回っていますが、無視し続けるとあきらめて別の観光客目指して行ってしまいました。

花の聖母教会の正面 白と緑の大理石が美しい堂々たる姿です。キューポラは隠れています

イタリアではよく風景画を売っている画家を見かけます。そこで絵を描きながら(大体は油絵)自分が描いた絵を売っている美大生か、駆け出しの画家なのかと思っていました。結構素敵な絵を売っている画家がいて、観光客が周りを取り囲み、誰かが交渉して、そのうちの一枚を買っていました。値段もそこまで高くなく、私もいいなと思いましたが、これからまだ歩き回るし、丸めただけの絵を持ち歩くのも不便かと思い、やめました。ところが、後々発覚したのですが、その絵はただのカラーコピーだったのです!後で同じ絵を売ってる「画家らしき人」を何人も見かけました。まあ、土産物の一つだと思えば笑いで済みますけどね。
この教会のキューポラにも登ることはできます。高いところから街全体を見渡すにはいいところです。でも後で街外れの丘の上(ミケランジェロ広場)からも街を一望することができるので、今回は上りませんでした。
メルカート・ヌォーヴォ(絹市場跡)の革製品の露店がずらりと並んだ道を通り抜け、予約してあるウフィツィ美術館へと向かいます。この美術館もフィレンツェ観光の目玉なので、各国の観光客が一年中訪れるため、入場制限があり、予約していかないと何時間も並ぶことになります。
この美術館はフィレンツェの行政オフィス(ウフィツィ)とピッティ宮殿を繋ぐ大回廊にメディチ家の膨大な収集品を収蔵したのがはじまりで、1765年に一般公開されるようになったそうです。メディチ家以外の収集品も加わり、ルネッサンス各時代の誰もが美術や世界史の教科書で見覚えのある絵画が時代や作家別に分類され、とても一日では周りきることができません。ダ・ヴィンチ、ラファエロ、ミケランジェロの三大巨匠の作品を堪能することができます。ここは是非日本語音声ガイド(有料貸し出しあり)か、専門のガイドさんと周ることをお勧めします。一つ一つの作品の説明は非常に興味深く、面白く、駆け足で周るにはあまりに勿体無い気がします。

回廊を周る途中に窓から見える景色。正面の屋根のある橋はベッキオ橋(映画「香水」でもでてきましたね)

眺めの良いカフェで一休みするもよし、ミュージアムショップでお土産を探すもよし、この美術館はやはり何度も訪れたくなるお気に入りの美術館です。(まだまだまだ・・・周り足りない)
シニョリーア広場は有名なダビデ像をはじめ、「メドゥーサの首を持つペルセウス」など、華麗な彫刻がずらりと並んで取り囲み、さながら屋外美術館のようです。私は彫刻が好きなので、リアルで躍動感溢れる彫刻を間近に見ることができて(たとえレプリカでも)それはもうワクワクしました。実物はどれも思ったより大きい印象です。そしてこれが一つの石から彫られたとはとても思えない繊細さもあるのです。
広場からそう遠くないところにレオナルド・ダ・ヴィンチミュージアムというのがあり、今回こそ行ってみたいと思っていましたが、残念ながら時間がなく、次回への持ち越しとなりました。サンタ・クローチェ教会やメディチ家の邸宅など、まだまだ訪れたい場所があります。フィレンツェを後にする時、もう一度ミケランジェロ広場から日暮れの街を見ることができました。建物がシルエットになり、オレンジ色の灯りがキラキラとまたたく夜景は、昼間の明るい空の下に赤い屋根がずっと広がる展望とはまた違う味わいがあります。
また、このミケランジェロ広場へアルノ川を渡って緩やかに登っていく丘陵地帯にはいかにもな雰囲気のクラシックな大邸宅が点在し、不動産好きでもある私は思わず、「一体いかほどのお値段なのか」「こんなところに住んだらどんな生活なのだろう」などと夢のある(有り得ない)事を考えずにはおられませんでした。



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ベネチアは大好きな街です。海の上の街、沈み行く街、過去の輝かしい栄光を伝える街。
ベネチアを訪れるのはいつも寒い時期なので、やはりなんとなく暗い印象があったのですが、今回は水上バスのデッキに出ていても、風も春めいて、大運河はキラキラと明るく輝いていました。

水上バスの船着場には、ジプシーのお姉さん達がドレスを着て、上げ底の靴(台?)を履いて、ニッコリと手招きしていますが、物珍しさに写真を撮ってしまうと、モデル代を請求されます。ジプシー稼業も以前と比べるといろいろと進歩しているのですね。
近年、ベネチアのホテルの宿泊費が高騰し、本島のホテルは予約が取りにくく、本島手前のメストレ地区でさえ、便乗値上げされているらしいです。それほどたいしたホテルでもないのに、とガイドが言い放っていて、可笑しかったです。
ベネチアのホテルと言えば、世界の芸能人がよく利用する高級ホテルの「ダニエリ」をはじめ、有名高級ホテルがいくつかありますが、どれもかなり古く、潮風と海水の浸食のせいで、外観はかなり老朽化しているように感じます。ただし、中へ入ると、重厚な造りのロビーや、豪奢なイタリア家具で統一された、映画のセットようなクラシックな内装に驚きます。運河沿いに立つホテルは表玄関は道路に面していても、裏口は必ず水路に面していて、裏口が船着場(ボート乗り場)になっており、直接そこから船に乗って漕ぎ出します。ベネチアの街は車は走っていません。車の代わりに船に乗って移動するのです。迷路のように水路が入り組んでおり、その水路を橋がまたいで、道が続きます。ここでは油断していると、あっと言う間に迷子になりそうです。万一迷子になっても、ところどころの道の角にはよく見ると「per St.Marco」(サンマルコ広場方面はこちら)などと表示がありますから、その表示に沿ってサンマルコ広場を目指して歩いてゆけば、なんとかなりそうです。
地図を広げると、水路が道路そのものであることがわかります。この入り組んだ水路をあのゴンドラに乗って、ゆっくりと巡ることもできます。普通のゴンドラは4人乗り+船頭さん(ゴンドリエーレ)が多いですが、ペアシートのものや、もっと大人数が乗れるものもあります。ゴンドラにはゴンドリエーレ好みの装飾がされており、個性を比べるのも楽しいです。そして、ゴンドラに乗り込んで、ユラユラと海水の匂いのする水路を行き、石造りの橋をいくつもくぐれば、気分はすっかり「Like a Virgin」のマドンナ・・・海水によって浸食され、フジツボがびっしりついた、1階の水路側玄関の石段や、ガレージのような各家の船を係留するための柱を間近に見ながら、海面から見上げるベネチアの街は、確かにイタリアの他のどこにもない情緒が溢れています。
 
それからベネチアといえば、2月の厳寒の時期に行われるカーニバルが有名です。ベネチア全盛期の頃から何世紀も続いている伝統行事です。皆思い思いの仮面(マスケラ)やドレス、マントを身に着け、素性を隠して出歩き、数日間のカーニバルを楽しみます。映画のような、幻想的な世界です。この時期は世界中の人が訪れるので、ホテルも一層取りにくく、まだカーニバルを一度も体験したことはありません。一度はなんちゃって仮面舞踏会を体験してみたいものです。今回もあちらこちらにカーニバルが過ぎた後の、お祭りの後の余韻がそこはかとなく漂っているような気がしました。路地のお店にはお土産用の小さなマスケラから、本格的なマスケラまでぎっしりディスプレイされているのを見かけます。

仄暗い路地を抜けると、いきなり目の前には広々と明るいサンマルコ広場が開けます。正面にサンマルコ寺院と大鐘楼がそびえ立ち、ここにも鳩がいっぱいいます。大鐘楼に登る順番を待っている観光客が大勢いるので、広場をぐるりと取り巻く回廊に沿って、お店を冷やかしながら回ります。かの有名なカフェ・フローリアンが大鐘楼に向かって右手真ん中あたりにあり、映画「旅情」を思い出しながら中を覗き込んでみますが、置かれているメニュー料金が高過ぎるせいか、あまり人は入っていないようでした。(でもまだ外に明朗会計が表示されているだけマシですね)
地中海性気候のせいで、冬場には雨が多く、高潮の時などは海水が入ってきて、広場や寺院も水浸しになります。この広い広場が冠水してプールのようになってしまうのです。底冷えがする上に、水浸しなんて・・・カーニバルの時期に訪れるのを二の足を踏む理由でもあります。これ以上海面が上昇したら、どうなるのでしょうか。やはりベネチアはいつかは沈みゆく街なのでしょうか。
旧行政館の時計塔の鐘が鳴り響きます。広場にいる人々が一斉に上を見上げます。屋根の上のからくり時計です。サンマルコ寺院の外壁や大屋根も修復工事がおこなわれていました。サンマルコ寺院は5つのドーム屋根を持ち、モザイクやフレスコ画、彫刻で装飾されて、どこかエキゾチックな寺院です。十字軍の頃、ベネチアの繁栄を彷彿させる、内部も外部も独特で、一見の価値のある、大好きな聖堂の一つです。
 
希少価値の大理石や金が惜しげもなく使われた煌びやかな内部の装飾は過去の栄華を物語っています

海運国家であったベネチアの守護聖人マルコ、そしてベネチアの象徴の有翼の獅子像が高い屋根の上から見下ろしています。繁栄と衰退、十字軍、東方貿易、オスマントルコ・・・遥かな昔と遠い異国に思いを馳せることができる旅情に満ちた街は、何度訪れても、またゆっくり来たい、今度こそ地図を片手に端から端まで歩いてみたいと思わせる魅力ある街なのです。



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