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つれづれなるままに引き出しを開けると、自分でも忘れていたものを思い出したり… ぴったりの処方箋が見つかったり…
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イタリア旅行記(3)

フィレンツェはこれまでの印象で暗い街だと思っていました。ドラマや小説のせいかもしれません。フィレンツェにとってはとんだ風評被害です。ルネッサンスの花である芸術、科学の著しい発展が光の部分だとすると、政治的な陰謀や闇の歴史の数々(メディチ家、ボルジア家など)や中世カトリックの理不尽な重苦しさはまさにフィレンツェの影の部分であり、この光と影のコントラストがあまりに強すぎて、なぜか暗い印象を持っていたのです。
フィレンツェの中心部であるシニョリーア広場を歩いては、その石畳がどれだけの血を吸ってきたかを思い、ベッキオ宮殿やジョットオの鐘楼を見上げても、その窓から政敵によって吊るされた人の人影をふと想像して、薄ら寒くなります。本当に、ドラマや映画や小説の刷り込みって恐ろしいものです。しかし実際広場の一角には「サヴォナローラが火刑にされた地点」などが記されています。中世ヨーロッパの歴史は非常に面白いのですが、知れば知るほど血生臭いものでもあります。
しかし今回、春のうららかな明るい陽射しの中訪れた、あちこちでアーモンドの花やレンギョウが満開のフィレンツェは確かに花の都の様相でした。鳥のさえずりが聞こえ、街は活気があり、古い町並みの中に洒落たお店も見受けられ、印象はだいぶ変わりました。街の真ん中あたりをアルノ川が横切っています。フィレンツェは京都と姉妹都市ということですが、京都の真ん中を鴨川が通っているのと似ています。なんとなく川岸の風景も似ているような・・・
その日は朝からまず花の聖母教会へ。赤くて巨大なキューポラ(丸屋根)が有名なこの教会はフィレンツェ象徴でもあります。ドゥオーモ前の広場は平日なので人はそれほど多くありませんが、やはりここにもいました、ジプシー。典型的な民族衣装っぽい身なりの老女が近づいてきては、こちらに向かって十字を切ってお祈りし、なにかめぐんでくれるよう、しきりに言っています(たぶん)。かなりしつこく周りをぐるぐる回っていますが、無視し続けるとあきらめて別の観光客目指して行ってしまいました。

花の聖母教会の正面 白と緑の大理石が美しい堂々たる姿です。キューポラは隠れています

イタリアではよく風景画を売っている画家を見かけます。そこで絵を描きながら(大体は油絵)自分が描いた絵を売っている美大生か、駆け出しの画家なのかと思っていました。結構素敵な絵を売っている画家がいて、観光客が周りを取り囲み、誰かが交渉して、そのうちの一枚を買っていました。値段もそこまで高くなく、私もいいなと思いましたが、これからまだ歩き回るし、丸めただけの絵を持ち歩くのも不便かと思い、やめました。ところが、後々発覚したのですが、その絵はただのカラーコピーだったのです!後で同じ絵を売ってる「画家らしき人」を何人も見かけました。まあ、土産物の一つだと思えば笑いで済みますけどね。
この教会のキューポラにも登ることはできます。高いところから街全体を見渡すにはいいところです。でも後で街外れの丘の上(ミケランジェロ広場)からも街を一望することができるので、今回は上りませんでした。
メルカート・ヌォーヴォ(絹市場跡)の革製品の露店がずらりと並んだ道を通り抜け、予約してあるウフィツィ美術館へと向かいます。この美術館もフィレンツェ観光の目玉なので、各国の観光客が一年中訪れるため、入場制限があり、予約していかないと何時間も並ぶことになります。
この美術館はフィレンツェの行政オフィス(ウフィツィ)とピッティ宮殿を繋ぐ大回廊にメディチ家の膨大な収集品を収蔵したのがはじまりで、1765年に一般公開されるようになったそうです。メディチ家以外の収集品も加わり、ルネッサンス各時代の誰もが美術や世界史の教科書で見覚えのある絵画が時代や作家別に分類され、とても一日では周りきることができません。ダ・ヴィンチ、ラファエロ、ミケランジェロの三大巨匠の作品を堪能することができます。ここは是非日本語音声ガイド(有料貸し出しあり)か、専門のガイドさんと周ることをお勧めします。一つ一つの作品の説明は非常に興味深く、面白く、駆け足で周るにはあまりに勿体無い気がします。

回廊を周る途中に窓から見える景色。正面の屋根のある橋はベッキオ橋(映画「香水」でもでてきましたね)

眺めの良いカフェで一休みするもよし、ミュージアムショップでお土産を探すもよし、この美術館はやはり何度も訪れたくなるお気に入りの美術館です。(まだまだまだ・・・周り足りない)
シニョリーア広場は有名なダビデ像をはじめ、「メドゥーサの首を持つペルセウス」など、華麗な彫刻がずらりと並んで取り囲み、さながら屋外美術館のようです。私は彫刻が好きなので、リアルで躍動感溢れる彫刻を間近に見ることができて(たとえレプリカでも)それはもうワクワクしました。実物はどれも思ったより大きい印象です。そしてこれが一つの石から彫られたとはとても思えない繊細さもあるのです。
広場からそう遠くないところにレオナルド・ダ・ヴィンチミュージアムというのがあり、今回こそ行ってみたいと思っていましたが、残念ながら時間がなく、次回への持ち越しとなりました。サンタ・クローチェ教会やメディチ家の邸宅など、まだまだ訪れたい場所があります。フィレンツェを後にする時、もう一度ミケランジェロ広場から日暮れの街を見ることができました。建物がシルエットになり、オレンジ色の灯りがキラキラとまたたく夜景は、昼間の明るい空の下に赤い屋根がずっと広がる展望とはまた違う味わいがあります。
また、このミケランジェロ広場へアルノ川を渡って緩やかに登っていく丘陵地帯にはいかにもな雰囲気のクラシックな大邸宅が点在し、不動産好きでもある私は思わず、「一体いかほどのお値段なのか」「こんなところに住んだらどんな生活なのだろう」などと夢のある(有り得ない)事を考えずにはおられませんでした。



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イタリア旅行記(2)

ベネチアは大好きな街です。海の上の街、沈み行く街、過去の輝かしい栄光を伝える街。
ベネチアを訪れるのはいつも寒い時期なので、やはりなんとなく暗い印象があったのですが、今回は水上バスのデッキに出ていても、風も春めいて、大運河はキラキラと明るく輝いていました。

水上バスの船着場には、ジプシーのお姉さん達がドレスを着て、上げ底の靴(台?)を履いて、ニッコリと手招きしていますが、物珍しさに写真を撮ってしまうと、モデル代を請求されます。ジプシー稼業も以前と比べるといろいろと進歩しているのですね。
近年、ベネチアのホテルの宿泊費が高騰し、本島のホテルは予約が取りにくく、本島手前のメストレ地区でさえ、便乗値上げされているらしいです。それほどたいしたホテルでもないのに、とガイドが言い放っていて、可笑しかったです。
ベネチアのホテルと言えば、世界の芸能人がよく利用する高級ホテルの「ダニエリ」をはじめ、有名高級ホテルがいくつかありますが、どれもかなり古く、潮風と海水の浸食のせいで、外観はかなり老朽化しているように感じます。ただし、中へ入ると、重厚な造りのロビーや、豪奢なイタリア家具で統一された、映画のセットようなクラシックな内装に驚きます。運河沿いに立つホテルは表玄関は道路に面していても、裏口は必ず水路に面していて、裏口が船着場(ボート乗り場)になっており、直接そこから船に乗って漕ぎ出します。ベネチアの街は車は走っていません。車の代わりに船に乗って移動するのです。迷路のように水路が入り組んでおり、その水路を橋がまたいで、道が続きます。ここでは油断していると、あっと言う間に迷子になりそうです。万一迷子になっても、ところどころの道の角にはよく見ると「per St.Marco」(サンマルコ広場方面はこちら)などと表示がありますから、その表示に沿ってサンマルコ広場を目指して歩いてゆけば、なんとかなりそうです。
地図を広げると、水路が道路そのものであることがわかります。この入り組んだ水路をあのゴンドラに乗って、ゆっくりと巡ることもできます。普通のゴンドラは4人乗り+船頭さん(ゴンドリエーレ)が多いですが、ペアシートのものや、もっと大人数が乗れるものもあります。ゴンドラにはゴンドリエーレ好みの装飾がされており、個性を比べるのも楽しいです。そして、ゴンドラに乗り込んで、ユラユラと海水の匂いのする水路を行き、石造りの橋をいくつもくぐれば、気分はすっかり「Like a Virgin」のマドンナ・・・海水によって浸食され、フジツボがびっしりついた、1階の水路側玄関の石段や、ガレージのような各家の船を係留するための柱を間近に見ながら、海面から見上げるベネチアの街は、確かにイタリアの他のどこにもない情緒が溢れています。
 
それからベネチアといえば、2月の厳寒の時期に行われるカーニバルが有名です。ベネチア全盛期の頃から何世紀も続いている伝統行事です。皆思い思いの仮面(マスケラ)やドレス、マントを身に着け、素性を隠して出歩き、数日間のカーニバルを楽しみます。映画のような、幻想的な世界です。この時期は世界中の人が訪れるので、ホテルも一層取りにくく、まだカーニバルを一度も体験したことはありません。一度はなんちゃって仮面舞踏会を体験してみたいものです。今回もあちらこちらにカーニバルが過ぎた後の、お祭りの後の余韻がそこはかとなく漂っているような気がしました。路地のお店にはお土産用の小さなマスケラから、本格的なマスケラまでぎっしりディスプレイされているのを見かけます。

仄暗い路地を抜けると、いきなり目の前には広々と明るいサンマルコ広場が開けます。正面にサンマルコ寺院と大鐘楼がそびえ立ち、ここにも鳩がいっぱいいます。大鐘楼に登る順番を待っている観光客が大勢いるので、広場をぐるりと取り巻く回廊に沿って、お店を冷やかしながら回ります。かの有名なカフェ・フローリアンが大鐘楼に向かって右手真ん中あたりにあり、映画「旅情」を思い出しながら中を覗き込んでみますが、置かれているメニュー料金が高過ぎるせいか、あまり人は入っていないようでした。(でもまだ外に明朗会計が表示されているだけマシですね)
地中海性気候のせいで、冬場には雨が多く、高潮の時などは海水が入ってきて、広場や寺院も水浸しになります。この広い広場が冠水してプールのようになってしまうのです。底冷えがする上に、水浸しなんて・・・カーニバルの時期に訪れるのを二の足を踏む理由でもあります。これ以上海面が上昇したら、どうなるのでしょうか。やはりベネチアはいつかは沈みゆく街なのでしょうか。
旧行政館の時計塔の鐘が鳴り響きます。広場にいる人々が一斉に上を見上げます。屋根の上のからくり時計です。サンマルコ寺院の外壁や大屋根も修復工事がおこなわれていました。サンマルコ寺院は5つのドーム屋根を持ち、モザイクやフレスコ画、彫刻で装飾されて、どこかエキゾチックな寺院です。十字軍の頃、ベネチアの繁栄を彷彿させる、内部も外部も独特で、一見の価値のある、大好きな聖堂の一つです。
 
希少価値の大理石や金が惜しげもなく使われた煌びやかな内部の装飾は過去の栄華を物語っています

海運国家であったベネチアの守護聖人マルコ、そしてベネチアの象徴の有翼の獅子像が高い屋根の上から見下ろしています。繁栄と衰退、十字軍、東方貿易、オスマントルコ・・・遥かな昔と遠い異国に思いを馳せることができる旅情に満ちた街は、何度訪れても、またゆっくり来たい、今度こそ地図を片手に端から端まで歩いてみたいと思わせる魅力ある街なのです。



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イタリア旅行記(1)

本当に久しぶりにイタリアを訪れました。
今回は初めてドバイ経由でエミレーツ航空を利用しました。長い長いフライトです。どうやってこの時間を過ごそうかと心配していましたが、さすが最新型機、エンタメが非常に充実していたので、乗る前までの憂いはどこへやら、座った途端、もう見る映画をチョイスすることに必死になっていました。結構最新の映画が見れるので、ここぞとばかり見まくっていたら、目がすごく疲れました。
離陸から3~4時間経過して、ふと窓の外をみると、遥か下がキラキラと光って見えます。どこだろう?と思ってフライトインフォメーションを見てみると、北京でした。
知らないうちにヒマラヤ、インドを過ぎて、足の痺れが限界に達した頃、ようやくドバイ空港に到着しました。
ドバイ空港は本当に大きくて、広いです。今や24時間のハブ空港として機能し、あらゆる国の人がここを通過してゆきます。免税店も、カフェやレストランも、お店も充実しており、トランジットの待ち時間も苦になりません。アラブ系やインド系の人が多いです。民族衣装を見るのも楽しいし、お店のグッズや食品もアラブの香り・・・異国情緒がいやでも高まります。

ドバイ空港の窓ガラスはイスラム模様が入っています

ヨーロッパ方面への乗り継ぎはシャトルバスに乗り、かなり離れたサテライトまで移動です。空港はまだ拡張中のようで、あちこちで工事していました。久々にタラップから乗り込みます。早朝ですが、外の気温は26度くらい、冬の格好をしているので日差しが暑くて仕方ありません。それに空気が埃っぽいような。やはり砂漠の国ですね。ドバイはまた別の機会に訪れてみたいと思いました。
しばらくするとユーフラテス河の上空を通りました。世界四大文明の発祥地の一つがこの辺りだと思うと、果てしなく続く決して豊かとは言えないような荒涼とした大地には妙な感慨を禁じえませんでした。

ドバイから6時間あまり、ようやくミラノに到着しました。現地時間はお昼です。バスに乗ってミラノ中心部へ向かいます。高速道路周辺の景色はのどかなものですが、一つだけ気になったことが・・・道路脇には松の木がよく植えられているのですが、その枝に白いフワフワしたものがついています。鳥の巣のような大きさ、形です。これは、「松行列毛虫」の巣(コクーン)ではありませんか!よく見ると、松の大半が立ち枯れています。これは大変な毛虫の害です。イタリアだけでなく、ヨーロッパで数年前にこの毛虫が大発生したとTVでやっていました。このままでは松が全部枯れてしまいます・・・!イタリア政府は気がついていないのでしょうか。何か対策はとられていないのでしょうか。それからは松や林や植え込みが気になって気になって、ずっと毛虫の巣ばかり探していました。
重厚な建物が多くなってきました。いつの間にかミラノ市中心部に入ったようです。トラムが走っています。トラムには新しい型と、レトロな型のものがあって、なかなか雰囲気があります。地下鉄もあるので、交通は便利そうです。イタリアは車社会ですが、ほとんどの車は軽自動車くらいの大きさです。ルノー、フィアット、オペル、いろいろなブランドのものを見ましたが、日本車を見かけることは少なかったです。
スカラ座からギャレリアを歩いて抜けて、ドゥオーモへたどり着きます。

ギャレリアはガラス張りの天井から差し込む自然光が明るく、芸術的なアーケードで、一流ブランド店や高級カフェ(一部はぼったくりとの噂もw)が連なっています。地元の商店街のアーケードとはえらい違いです。床のモザイクが高級感を一層そそります。以前真ん中あたりにマクドナルドが入っていましたが、ここの雰囲気にそぐわないということか、少し離れたところに退去させられたようでした。
ゴシック形式の見事なドゥオーモはものすごい迫力です。ミラノの象徴です。しかし、前の広場でポカンと見とれているのは少々危険です。ここは物売りが非常に多い場所。以前はジプシーも多かったのですが、今は黒人二人組みがミサンガを手に一瞬で巻きつけてきて、バカ高い料金を請求したり、おじさんがハトの餌の屑とうもろこしを手に握らせて、ハイ、5ユーロ!とか言って来るのが流行ってるそうです。そんなことを聞いたので、必要以上にビクビクしながら、早足で聖堂の中に入ります。聖堂へ入る時も最近はセキュリティチェックが厳しくなっており、バッグの中身を見せなければなりません。あまり大人数のグループは嫌がられます。また、中で写真を撮りたければ、入ってすぐのカウンターで2ユーロ支払って手にピンクのタグを巻いてもらいます。タグがなければ、写真は禁止です。(見回ってる係員がいます)

聖堂後面の見事なステンドグラス  テニスコートくらいの大きさがあります

聖堂の中には彫刻、お墓、祭壇、ステンドグラスなど、見所は一杯ありますが、私は何と言ってもずらりと並んだ懺悔室(それも木彫りの彫刻が素晴しく、暗い緋色のビロードが懸かっている)に妄想を掻き立てられました。聖堂の中というのは、独特の匂いがします。蝋燭と、クセのある洋風のお香と、それから古い衣服や書物から漂うような、埃っぽい黴のような匂いが混ざった匂いです。何百年も前からおそらく同じ匂いがしていたのだろうと思います。
ひんやりとした聖堂を出て、ぐるりと裏へ回り、後ろからのドゥオーモを堪能したら、隣に立っている百貨店(リナシェンテ)へ立ち寄ります。これはお決まりのコースです。なぜなら・・・この辺りはお手洗いがなく、カフェかバールへ入るか、この百貨店へ行くかという選択にせまられるからです(毎度のこと)。しかし、この百貨店の7階にあるカフェの窓からは隣のドゥオーモの尖塔と屋根、聖人の彫刻が間近に見ることができるのです。ちょっとした穴場でもあり、休息するには丁度いいかもしれません。休息の後は、イタリアン・モード(服売り場)を観察しながら、エスカレーターで降りてきます。
ミラノでもう一つ感じたことは、少し年配の男性がとにかくお洒落で格好いい!どちらかと言えば濃い色のコートやジャケットをキチンと着込んだコンサバな格好です。ヒゲはあったり、なかったり。私にはもう誰もがジョージ・クルーニーに見えました。これがミラノモード!いや、チョイ悪オヤジ?雑誌「LEON」から抜け出たような、道行く男性をウオッチするだけでも十分刺激的な楽しみであります。
ミラノで必ずと言っていいほど立ち寄る(一度は見る)「最後の晩餐」のあるサンタ・マリア・デ・レ・グラツィエ教会へは今回は行きませんでした。今はこの教会への入場も予約制になっており、入場制限があるらしいです。
ミラノの夜はキラキラと綺麗で、お洒落ですが、決して安っぽい感じではありません。お上品で、静かな、大人っぽい感じです。歩き回った身体には温かいミネストローネが染み渡りました。とにかく飛行機ではあまり寝ていなかったので、ホテルに着くともうバタンキュー(死語)でした。








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Who's There Film Challenge(2013)

最近面白いホラー映画がないなあ、なんて思っていたら、家族からこんなのを紹介されました。

http://www.bchorrorchallenge.com/

これはイギリスのホラームービー専門の製作会社がインディーズのホラーの発表場所を提供し、若手の才能を発掘しようとする試みのようです。見ると結構なスポンサーも付き、入賞作品が発表され、賞金や今後の製作賛助ももらえるようで、多くの応募があったようです。
上記ホームページからでも、youtubeからでも入賞作品を鑑賞することができます。どれも3分前後という短さの中で、見るものをいかに怖がらせるか、製作者の腕の見せ所であり、ホラームービーの真骨頂を感じることができます。とても面白い試みだと興味を引かれました。
上位入賞作品の一つを皆で見ていたのですが、冒頭からあっという間に引き込まれ、そして最後には全員で「ギャーッ!!」と叫んでしまいました。日曜の夜、団欒の時間です。大声が近所中に響き渡り、よく通報されなかったものだと思いました(笑)。
その後、私は結局上位入賞作品を全部見たのですが、どれもどこか既視感があり、くるぞ、くるぞというカメラワーク、臨場感のあるサウンド、効果音と音楽、そしてお約束・・・それらが全て3分に凝縮され、非常に濃い内容で、楽しめました。久々にドキドキして、純粋にホラーを楽しむことができました。
それにしても、人は何に対して恐怖を感じるのでしょうか。暗闇?怨霊?怪物?わけのわからないもの?殺人鬼?死?悪魔?・・・作品にはこれらのものが大体網羅されていたように思います。オカルトあり、都市伝説あり、古典的ホラーあり。しばらく忘れていた感覚が蘇ってきて、自分のホラー好きを再認識しました。
私は過度に暴力的な、ただ血が流れるだけのスプラッタはあまり好きではありませんが、その他の題材は何でも面白いと思えます。吃驚させて怖がらせるものより、じわじわと精神的に追い詰められるものが好きかもしれません。そしてどこか少し古典的な匂いのするものが好きです。
最近ではオカルトとか怪物とかはっきりカテゴリーには入りきらない、「わけのわからないもの」に対する恐怖が描かれていることが多いと思います。代表的な作家ではスティーブン・キングの作品でしょうか。救いのない、後味の悪いエンディングのものも多いです。
個人的には閉鎖された空間に迫り来る絶望とか、人間の心の闇、集団ヒステリーなんかの方が、怪物よりも恐ろしいと思います。
久しぶりに良い刺激になりました。

Youtubeより一つ作品紹介(苦手な方はご覧にならないよう願います)

                                ベスト監督賞受賞作  私達が叫んでしまったものです・・・ 




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長野 剛

去年の12月、もう年の瀬も押し迫った頃に、岐阜県関ヶ原市でイラスト展が開催されました。私の大好きなイラストレーター、長野剛氏の原画展です。
3日間だけの開催で、そのうち2日はなんとご本人が来場され、ライブペインティングをされることを知って、いてもたってもいられなくなり、思い切って出かけてきました。
関ヶ原にはずっと行ってみたいと願い続けていたのですが、こんな形で初めて訪れることになるとは思っていませんでした。
ずっと寒い日が続いており、その日もお天気が悪く、今にも雨が降り出しそうでした。どんよりと灰色をした琵琶湖を左手に、その向こうにはうっすらと雪を被った比叡山が眺められ、守山、草津を過ぎた頃にはいつしか電車の中の人もまばらになりました。米原で大垣行きに乗り換え、伊吹山がずいぶん近くに見えるなと思ったら、まもなく関ヶ原です。降りる人もまばらなこの駅で、駅を出たらその人影もあっという間に見えなくなり、前日確かめた地図ではたしか駅を出て真っ直ぐ、道なりに行けばよかったはずだと思ってとにかく歩き出しました。霙混じりの雪が次第に強くなり、心細さもひとしおです。道沿いに行けどもそれらしい建物も見えず、お店などもほとんど閉まっており、唯一ほっとしたのが、この秋に行われた関ヶ原祭りのポスターがお店の入り口に貼ってあるのを見かけた時でした。それにしてもどうも様子がおかしい。それでようやくたどりついたガソリンスタンドで道を尋ねると、会場であるホールはなんと駅の正反対の方角ではありませんか。もうちょっとちゃんと調べておくべきだったと後悔しながら今来た道を引き返し、駅を通り越して、山側(北側)に向かって歩き、会場に辿り着いた頃には体はすっかり冷え切っていました。

ホール内は暖かく、上着を脱いで階段を上がり、二階へ。入口で早速枚数限定の関ヶ原の戦いのポストカードをいただきました!ずらりと原画が並んでいます。大好きなイラストの原画です。もちろんイラスト集はいつも眺めていますが、原画がこれほど一堂に揃って並んでいるのは本当に壮観です。駆けだしたい気持ちを押さえつつ、端から順々に見て行きました。思ったよりも大きなものもあり、間近で見ると、その繊細なタッチと迫力に圧倒されます。驚くほど写実的で正確なデッサン、塗り重ねられた色の厚み、のびやかで力強い線、本当に美しいイラストです。男性はみな力強く、渋く、ハッとするほど男前で、女性はみな圧倒的に艶やかで美しいのです。長野氏の歴史人物のイラストは、随分前から私の頭の中の歴史人物像に多大な影響を与えてしまいましたw
一人感動しながら原画に見入ってると、何やら奥の方に人だかりができており、ため息まじりの賞賛の声が聞こえてきました。長野氏ご本人です!本人によるライブペイントが始まっていました。大勢の人が見守る中、氏は淡々と、黙々と筆を進めていらっしゃいました。ちょうど馬に乗って槍を構えている武将の顔を塗っておられるところでした。周りには沢山の種類の画筆と油絵具の類が置かれていました。筆は100本近くあるようでした。そして何より私が驚いたのはキャンバスの周りに所狭しと貼り付けられた資料の数々でした。それは雑誌の切り抜きのようなもの、映画のスチール写真のようなもの、図鑑のコピーのようなもので、人間の顔、衣装、甲冑、武器などの数種類の資料と馬や馬具の資料、画像もありました。それらを見つつ、キャンバスに描き込んでゆくのです。氏の手元は横の大きなモニターに映し出されていました。私はその前に陣取って食い入るように見せてもらっていました。ものすごく細かい仕事です。武将の顔の目元の皺、口元の歯の影一つ一つを膨大な資料を見ながら、少しづつ少しづつ筆が重ねられていきます。氏のイラストは油絵です。デジタル処理やCG加工はないので、全て手で描き込まれたものです。
氏は大勢の人の中、大変集中して描かれていました。一筆一筆はほんのわずかですが、気がつくと、いつの間にか武将の顔にはいきいきと表情が加わり、光と影が加わり、命が吹き込まれていくようでした。こんな素晴らしい作業を実際リアルタイムで間近に見ることができて、本当に夢のように楽しくワクワクした、あっというの幸せなひと時でした。
休憩の時に氏は気さくに周囲の人とお話され、質問などにも答えておられました。私も本当はいろいろお聞きしたかったのですが・・・手を上げて質問する勇気がありませんでした。ちょっぴり後悔しています。今度もし機会があれば、絶対いろいろお話するんだ・・・
もともと大好きだったイラストレーターの方ですが、今回お会いして、仕事を見せていただいて、素晴らしい原画を堪能することができて、ますますファンになりました!このような機会を与えて下さった関ヶ原市にもとても感謝しています。
長野剛さん、これからも素敵なイラストで私達に夢を与えて下さいね。ますますのご活躍を期待しています・・・!


日本の武将も素敵ですが、中国の武将のイラストも素晴らしいの一言です

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